2025年7月19日(土)に第171回「千葉授業づくり研究会」が開催されました。今回のテーマは「人生100年時代のウェルビーイングとは? 〜『100年人生ゲーム』を通して考える〜」。博報堂100年生活者研究所の副所長、田中卓さんを講師にお招きして講演いただきました。

  

また、1万人以上の実体験をもとに開発されたボードゲーム「100年人生ゲーム」の体験会も実施しました。「100年人生ゲーム」は、お金ではなく「ウェルポ」という幸福やウェルビーイングを表すポイントを集めて幸福長者を目指すのが最大の特徴です。「年代ごとのイベントコマ」や「価値観カード」などを通して、人生の多様なイベントを疑似体験しながら、参加者全員でウェルビーイングについて深く考えました。

  

そもそもウェルビーイングとは、身体的・精神的・社会的に良い状態にあることをいい、短期的な幸福のみならず、生きがいや人生の意義などの将来にわたる持続的な幸福を含む概念です。

  

経済先進諸国において、GDPに代表される経済的な豊かさのみならず、精神的な豊かさや健康までを含めて幸福や生きがいを 捉える考え方が重視され、OECD「Learning Compass2030(学びの羅針盤2030)」では、個人と社会のウェルビーイングは 「私たちが望む未来(Future We Want)」であり、社会のウェルビーイングが共通の「目的地」とされています。

  

文部科学省においても「日本社会に根差したウェルビーイングの向上」を次期教育振興基本計画に掲げており、日本社会に根差したウェルビーイングを教育を通じて向上させていくことが求められています。

  

[参考:中央教育審議会教育振興基本計画部会(第13回)会議資料 【資料8】ウェルビーイングの向上について より]

  

そのような背景を踏まえ、「幸せに生きるとは何か」「どう生きるか」。人生100年時代を迎えるにあたり、この根源的な問いを改めて見つめ直す必要があると考え、職員の古谷さんが本テーマの研究会を企画しました。

  

今回の研究会では、ゲームの体験会のほかに「100年人生ゲーム」の開発に込めた思いや背景に存在する課題、100年生活者研究所様の取り組みの紹介が行われました。これらを通して、参加者自身が長寿社会である日本でウェルビーイングをどのように教育に取り入れるかを考えるきっかけとしていきたいと考えています。

  

本レポートでは、講演会やゲーム体験会の様子を詳しくお伝えします。学校教育にウェルビーイングを取り入れたい方はもちろん、ボードゲームや長寿社会における生き方に関心がある方も、ぜひ最後までお読みください。

目指すのは「億万長者」ではなく「幸福長者」!「100年人生ゲーム」開発の経緯

今回の研究会では、博報堂100年生活者研究所の副所長、田中卓さんに講演いただきました。田中さんは1995年に博報堂に入社し、マーケターとして幅広い業種のコミュニケーション開発、新ブランド開発、事業開発に携わってきました

  

2023年からは、博報堂100年生活者研究所にて「人生100年時代のウェルビーイング」に関する研究に取り組んでおり、今回ご紹介いただいた「100年人生ゲーム」の開発にも中心的に携わっています。

  

講演のはじめでは「100年人生ゲーム」の開発に至るまでの背景やその目的についてお話しいただきました。

幸福を集める「100年人生ゲーム」。価値観も重要視

「100年人生ゲーム」は、博報堂100年生活者研究所とタカラトミーが共同開発したボードゲームです。従来の「人生ゲーム」と大きく異なるのは、お金ではなく、幸福度を競う点にあります。

  

ゲーム内で発生するイベントには、1万人以上から集められた実際の体験談が採用されています。プレイヤーはゴールである100歳の誕生日までの人生を疑似体験することで、「自分の人生に起こりうる幸せな体験」に触れ、これから続く長い人生のポジティブな側面に気づくことができます。

  

また、このゲームの大きな特徴として、「ゲーマー」「勉強家」「健康マニア」といった「価値観カード」が割り振られる点が挙げられます。同じイベントを体験しても、自分の価値観によって幸福度(ウェルポ)の増減が変わる仕組みになっています。

日本人は「100歳まで生きたい人」が3割未満。人生のポジティブな面を伝えるために「100年人生ゲーム」を開発

続いて、田中さんに「100年人生ゲーム」開発の背景をお話いただきました。開発には、日本・アメリカ・中国・フィンランド・韓国・ドイツで実施した調査結果がきっかけとなっているそうです。

今では「人生100年時代」という言葉がなじむほど、日本は長寿大国として知られています。しかし、調査の結果、日本人では「100歳まで生きたい」と考える人は3割に届かないことがわかりました。これは各国と比べてもかなり低い水準です。

さらに、日本の平均寿命は84.3歳にもかかわらず、日本人が希望する寿命は81.1歳と平均寿命より短命を希望していることも判明しました。

これからの日本では、超高齢化社会になることは確実でしょう。全米経済研究所が世界132か国で実施した調査では、50歳弱の幸福度が最も低く、そこから年齢を重ねて長く生きるにつれて、幸せを感じる人が多くなる傾向がみられました。

  

また、他の国では年齢を重ねても人生のネガティブな面とポジティブな面の両方に注目する傾向がありますが、日本ではネガティブな面にのみ注目し、ポジティブな面に注目する人が少ない傾向があるともお話いただきました。

  

日本人は、年齢を重ねることに対して必要以上に不安を感じているのかもしれません。「100年人生ゲーム」はこのような課題意識をもとに、人生が長くなることで生まれる「体験のチャンス」に目を向けて、開発されました。長い人生のポジティブな面に気づく体験ができるようなゲームになっています。

「100年人生ゲーム」の体験会

研究会の中では、実際に「100年人生ゲーム」を体験させていただきました。オリジナルの「人生ゲーム」が有名であることもあり、スムーズにゲームを進められるグループがほとんどでした。

  

ゲームでは、100年の人生の中で、幸福度を示す「ウェルポ」を集めていきます。お金とは異なる指標のため、家族と過ごす時間、価値観の変化、健康状態などによってもウェルポは増減します。

  

特に印象的だったのは、外食や趣味といったお金を使うイベントでも、心が満たされればウェルポを獲得できる点です。お金のやり取りが中心だった従来の人生ゲームのイメージが強かったため、プレイ中には「なるほど!」と納得の声があがる場面も見られました。

また、ゲーム終盤の年齢を重ねた状態では、ウェルポの増減が激しくなるのも大きな特徴です。このゲームでは定年後にも多くのライフイベントが用意されています。仕事に励む期間を終えた後でも幸福を感じられるイベントがたくさんあることが伝わります。

  

ゲームのマスには実際の体験談が採用されていることもあり、参加者の間で「わかる〜、これはうれしいよね」などと共感が生まれる場面も。約1時間の体験会は盛況のうちに終了しました。

100年人生をウェルビーイングに生きるためのヒント

「100年人生ゲーム」の体験後には、田中さんの所属する100年生活者研究所の紹介やウェルビーイングを生活に取り込むためのヒントをお話いただきました。

100年生活者研究所の紹介

2023年に設立された100年生活者研究所は、「長くなる人生を、前向きに生きていく人を増やす」ことを目指し、「日本を、前向きな100年生活者の社会にする」ために活動しています。

  

研究所の主要な研究テーマは「人生100年時代のウェルビーイング」です。研究スタイルには生活空間(Living)と実験室(Lab)を組み合わせた「リビングラボ方式(Living Lab)」を採用しています。リビングラボは、生活者を中心に企業や行政、大学などと社会課題の解決や新しい価値を生み出す方法論です。

  

研究開発の場を生活空間の近くに置くことで、「多様な視点を持つ多様な生活者の多様な幸福」に向き合う研究スタイルを実現しています。この研究スタイルを支えるために、100年生活研究所では、生活者と直接つながる2つの場の運営も行っているそうです。

  

1つ目は、巣鴨のカフェ「Sei-katsu-sha Cafe かたりば」の運営です。シニアも若者も暮らしている町である巣鴨が研究拠点として選ばれました。来店した幅広い年代のお客さんを相手に、生活の中での生の声を聴くインタビューを実施し、2023年度には1000人以上の生活者の声を収集できたそうです。

  

2つ目は、約13000人が登録するLINEの会員組織の運営です。ほぼ毎週配信するアンケートには2000人を超える会員が参加しているそうです。回答者の5割以上から「自分の生き方や考え方を見つめなおすいい機会になった」と評価されているとのことです。

  

これらの取り組みは、100年生活者研究所設立からわずか2年で多くのテレビや新聞、ウェブメディアに取り上げられています。

  

ウェルビーイングが生活に取り込まれていない。幸せを意識して言葉にすることが大切

続いての講演では、実際の研究結果を交えながら、100年人生をウェルビーイングに生きるためのヒントをご紹介いただきました。

  

前述のように、一般的に「身体的・精神的・社会的に良好な状態」を指し、広義の「幸福」とも訳されるウェルビーイング。日本ではこの言葉の認知が高まり、現在では50%以上に達しています。直近5年間での検索数も増加傾向で、社会的に注目度の高い言葉であるとうかがえます。

しかし、日本の幸福度は昨年より変化しておらず、他国と比べても低い結果となっています。この原因について、ウェルビーイングや幸せが生活の中に取り込まれていないからではないかと、お話いただきました。

  

調査によると、他の国ではおよそ3人に2人が幸福を普段から意識し、2人に1人が幸せについて対話をしています。一方、日本ではどちらも低い水準にとどまっています。

  

田中さんによると、日本でも、自分の幸せを意識して言葉にして対話する人は幸福度が高い傾向にあるそうです。

  

ウェルビーイングの概念を生活に取り入れるための一歩として、日頃の生活の中で自分の幸せを意識し、言葉にして対話することが大事ではないかと、田中さんは考えます。これにより「自分の幸せの解像度」を高め、世間一般ではなく自分の幸せを意識できるようになるのではないかとお話しいただきました。

  

そして、日々変化する「自分の幸せ」が何なのかを意識する時間を取り、幸せのアップデートの回数を増やすことも重要だとまとめていただきました。今、自分にとって何が幸せなのかを見つめなおすことに自覚的になることが大切なのですね。

ディスカッション

研究会の後半には、千葉授業づくり定番のディスカッションが行われました。オンライン上で質問ができるサービス「Slido」を使い、参加者と登壇者で議論を行います。

  

今回は、「100年人生ゲーム」を体験したこともあり、ゲーム設計に関する質問が多くありました。ここからは、ディスカッションの内容を一部抜粋要約してご紹介します。


  

Q.「100年人生ゲーム」の体験会、楽しかったです。特に、60歳以上でウェルポが増える機会が多かったことが楽しく感じました。これは60歳以上で幸福感を覚える人が多いという調査データに依拠しているのでしょうか。

調査データに依拠しています。
加えてもともとの人生ゲームの「後半になると得失の金額が大きくなる」というゲームとしての盛り上がりの設計を踏襲する意味もあります。

ウェルポの得失に関しては、価値観カードで増減するのでゲームバランスを崩さないように利得の期待値を、プログラム上で1億回くらい試行して決めました。

Q.キャリアデザインや生涯発達心理学の授業でも活用できそうに感じました。ゲーム内の同じイベントでも人によって幸福の感じ方は多様だと思いますが、ゲーム上ではどのようにしてイベントごとに獲得するポイント数を決定したのでしょうか?

それぞれのイベントに付与するウェルポの数値に関しては、当初はゲーム制作メンバーの中で合意を取ろうとしたのですが、なかなか決まりませんでした。しかし、その数値の議論の過程でメンバーごとの幸せに対する考え方や価値観が明らかになっていきました。そこで、みんなが納得できるウェルポ数値を目指すのではなく、あえて、違和感のあるイベントやウェルポの値を入れてプレイヤー同士の対話を促し、プレイヤーがウェルポ数値に疑問を呈したり、突っ込んだりすることで、自分たちの幸せに対する考え方を意識しやすくなるように設計の視点を変えました。

Q.「100年人生ゲーム」の対象年齢はどのくらいの人を考えていますか

ゲームの対象年齢は15歳以上としています。実際の購入者は40〜50代が多く、わたしが実際に見たところでも、ある程度人生経験を積んだ人の方がより楽しめるようでした。

50代は定年が近づき、ともすると「自分の人生も終盤」だと考えがちな年代だと思います。しかし、100年人生ゲームで遊ぶと50代はまだ人生の中盤であることが実感できる。この年代の方に「人生はまだまだ長い。これらの人生も案外悪くなさそうだ」と感じていただきたいと思います。

Q.年齢層が高い人の「100年人生ゲーム」の感想を教えてください

40代や50代の方は、ゲーム内のイベントに対して「そういえばうちの伯母さんにこれに近い話があって!」と雑談で盛り上がる人が見られました。そこでは、自分の人生に引き付けて、ゲームの体験談を楽しんでいる様子がうかがえました。

おそらく、自分のリアルな人生と重なる部分が少しでもあると、このゲームの体験談が単なるゲーム上のエピソードではなく、自分にもあったかもしれないこと、今後起こるかもしれないこととして捉えられて、面白さが増すのかもしれません。

感覚的には、20代後半くらいからこのゲームをより楽しめるようになるのでは、と思います。


  

最後のあいさつで藤川大祐教授は

「日本人と他の国の人の幸福観の違いを踏まえると、私たちは日本の文化の中で、どのようにウェルビーイングを教育するのか考えなおす必要があると感じました。特に、人々が生きる希望を持てていない状態は望ましくないと思います。

また、今回の研究会でゲームを使った手法の価値も感じました。

「100年人生ゲームは」ゲームがあえて完成されていないところがうまく作られていて、議論を喚起する形になっていたと思います。これは、教材づくりの面でもとても勉強になります。

私たちも課題を持ち帰り、今後につなげていきたいです。」

とコメントしました。

以上で、第171回千葉授業づくり研究会のレポートのご報告とします。ご講演いただきました田中さん、参加者のみなさま、誠にありがとうございました。


千葉授業づくり研究会の参加方法

千葉授業づくり研究会にはどなたでも参加できます。

  

興味がある方は、こちらの開催情報をチェックしてくださいね!Zoomを用いたオンライン配信による参加もできるので、遠方の方も大歓迎です。

  

【記事担当:千鳥あゆむ】

過去の投稿
NPO法人企業教育研究会
NPO the Association of Corporation and Education ( ACE )
ADDRESS: 〒260-0044 千葉県千葉市中央区松波2-18-8 新葉ビル4F
TEL: 03-5829-6108 / FAX: 050-3488-6637
E-mail: info@ace-npo.org
© NPO the Association of Corporation and Education