「自分の将来を本気で考えるキャリア教育」を形にしたい。
-そんな想いから、2人の学生が立ち上がりました。社会の変化がますます加速するいま、子どもたちには「与えられた課題を解く力」だけでなく、「自分ごととして未来を描き、行動する力」が求められています。こうした力を育む教育として注目されているのが、アントレプレナーシップ教育です。ACE所属の学生スタッフの大学生と高校生が協働し、“聴覚障がい”をテーマにアントレプレナーシップ教育の授業づくりに挑戦しました。

当時、高校1年生のTさんは、学校のキャリア教育に疑問を感じ始めました。例えば、職場体験学習であったり、職業講話であったりと、キャリア教育の授業は生徒たちが本気で取り組むよう設計されていないと。そんな中、Tさんは、キャリア教育に関する様々な授業を開発しているNPO法人企業教育研究会の存在を知り、高校生としてNPO活動に関われないかという申し出があり、高校2年生から高校生インターンとして新たなスタートを切りました。
Tさんと同じ疑問を抱いていたのが、当時大学4年生の高砂さんでした。二人は千葉授業づくり研究会の20周年企画「アントレプレナーシップ教育(起業家教育)」で顔を合わせ、二人はすぐに意気投合し、アントレプレナーシップ教育の授業づくりに取り組むことを決意しました。二人のミーティングは、Tさんが高校から帰宅後の毎週木曜日、午後5時から6時までのわずかな時間。しかし、その短い時間が二人にとって非常に価値のあるものとなりました。
とはいえ、スムーズに授業づくりが進んだわけではありません。
最初に直面したのは、授業のテーマ選びです。誰かの困り感を解決するような授業にしたいという方向性は決まったのですが、「誰」の困りごとに焦点を当てるかについて、Tさんと高砂さんは数多くの討論を重ねました。その中で「障がい者」というテーマにまで行きついたのですが、「障がい者」といっても様々な障害があり、どの障害にターゲットを絞るのか、それとも絞らないのか、そのあたりで議論が煮詰まってしまいました。
そこで二人は、障がい者雇用に関わる方や特別支援教育の専門家から話をうかがうことにしました。
2人が話を伺ったのは、特別支援学校で教員として勤務した経験のある大学教授でした。その教授から障がい者が日常で遭遇する困りごとをテーマにするには「聴覚障がい者」がいいのでないかとお話をいただきました。
というのも、「聴覚障がい者」は補聴器を付けていない限り、一見すると何の障害もあるようには見えない。しかしながら、耳が聞こえないことによる困り感は相当あることを教えていただきました。そのため、実際に「聴覚障がい者」の方にお目にかかり、日常生活での困り感についてお話をうかがうことにしました。
そこで、千葉県聴覚障害者協会に連絡を取り、実際に聴覚障害とはどのような障害か、どのように日常生活を送っているのか等、基本的なお話をうかがってきました。
このお話をもとに、授業づくりが本格的にスタートしました。まず、二人は4コマ漫画を用いて、聴覚障がい者の日常での困りごとを表現することにしました。宅配便が来た際の通知や、電車内での事故発生時の対応、スマホを使った音声を文字に変換するアプリ使用に関する場面を取り上げ、こうした困り感に対してどのように解決に導けばよいかを考えるような授業を構想しました。
この構想を千葉県聴覚障害者協会で聴覚障がいがあるお二人にぶつけてみました。
すると、宅配便と電車の場面については「実際にはこうした場面で困り感は無い」とのフィードバックがありました。自分たちが思い描いたものと異なっていることにがっかり…。しかし、ここで気持ちを切り替え、いただいた新たな2つの場面のアイデアを参考に授業を練り直しました。
ついに迎えた授業の日。千葉市のおおぞら高校の教室には、期待と緊張で満ちた30名の生徒が集まっていました。大学生の高砂さんとともに、千葉県聴覚障害者協会から招かれた聴覚障がい者のお二人も参加し、それぞれに手話通訳者が付き添いました。
授業は、聴覚障がい者の方々の自己紹介から始まりました。
そして、聴覚障がい者の日常生活の困り感に関する4コマ漫画を2つ提示しました。
1つ目は、駅でのアナウンスが聞き取れずに混乱する聴覚障がい者の姿。もう一つは、病院の待合室で呼び出しのアナウンスが聞こえないことによる困惑です。生徒たちは、これらの困りごとに対する解決策をグループごとに考えました。
その後、千葉県聴覚障害者協会の聴覚障がい者の方々が、実際に遭遇した場面を交えながら生徒たちの提案にコメントしてくださいました。このフィードバックは、「聴覚障がい者の方はこういう思いで生活をしているのか」という生徒たちにとって貴重な学びとなりました。
授業のクライマックスは、UDトークというアプリを使った体験です。このアプリは会話の音声を文字に変換して表示するものでしたが、会話が盛り上がるとついていけなくなることが明らかになりました。つまり、複数の人間が話し始めるとアプリで変換することが難しくなり、画面上に表示される文章が意味不明なものになってしまうのです。こうした体験を踏まえ、生徒たちは、健常者と聴覚障がい者がスムーズに会話するための解決策をグループで考えることになりました。そして、先程と同じようにグループを回りながら、「みんなが手話ができるようになってもらえると会話ができていいんだけど」と率直な思いを伝えながらグループのアイデアにコメントしてくださいました。
そのコメントをしてくださっている方を見る高校生の表情がとても素直で、目がまっすぐに向けられていました。
授業後に、聴覚障がい者の方々から、今までの授業と異なり、生徒との会話を通して聴覚障がいに関する理解が深まっていることを実感でき、とても感動したというお話をいただきました。

最後に、高砂さんが「アントレプレナーシップ」という言葉を生徒たちに伝えました。「アントレプレナーシップ」とは「社会の課題を発見し、解決策を考え、変えていく精神のこと」という言葉で説明しました。そして、今日学んだことを生かして、これからも社会の課題解決に取り組んでほしいというメッセージを投げかけました。
高校生たちはこのメッセージにうなずきながら耳を傾けていました。
この日の授業は、Tさんと高砂さんにとって、そして参加した生徒たちにとっても、忘れられない経験となりました。
授業後のアンケートでは、障がいに対する理解が深まり、社会で活躍する障がい者への支援意欲が高まったことが明らかになりました。しかし、授業の展開方法やアントレプレナーシップをさらに発揮する方法については、まだ改善の余地があることもわかりました。
とはいえ、高砂さんが大学を卒業し就職することやTさんが受験を迎えることから、この授業づくりを終わりにするか、続けるかという選択をしなければなりません。
Tさんは「一人でも続けていきます!」との力強い言葉が。
4月に入り、この授業をブラッシュアップする活動が始まりました。この授業が完成して、改めて実践するのはTさんが大学生になってから。
その時が訪れることが楽しみで仕方ありません。

大学生高砂さん
大学での学びをきっかけに、「日常の中でもアントレプレナーシップを発揮できる授業をつくってみたい」と思い、聴覚障害をテーマに授業を企画しました。高校生のTさんと一緒に考えたことで、今までにない視点を取り入れられたのがすごくおもしろかったです。UDトークを使ったり、紙芝居で課題を見つけてもらったりと、体験を大事にした授業にこだわりました。
当事者の方とのコミュニケーションや、課題解決のステップ設計には正直かなり悩みましたが、生徒たちが真剣に話を聞いたり、自分から質問してくれる姿を見て「やってよかった」と心から思いました。「一緒に考える」ことで、生徒の気持ちが動く瞬間を見られたのが何より嬉しかったです。これからも、当事者とコラボした授業づくりに挑戦していきたいです。
高校生Tさん
学校のキャリア教育に課題を感じ、「もっと自由に考えられる授業をつくってみたい」と思ったことがきっかけで、授業づくりに挑戦しました。大学生や先生方と一緒に、0から授業をつくる経験はとても新鮮で、想像と違う課題が見えてきたヒアリングの時間も刺激的でした。学校が終わってすぐZoomで参加する日々も、楽しくて苦になりませんでした。
一方で、「障がい者=助ける対象」という偏ったイメージを与えないようにするバランスにはかなり悩みました。でも、実際の授業では生徒が真剣に話を聞き、楽しそうに体験してくれて、本当にうれしかったです。「一緒に解決する」という姿勢を伝えられたことが、一番の達成感でした。

千葉県の元教員で小・中学校で25年、行政9年、通算34年間勤務。
平成15年に 千葉大学教育学部発の教育NPOである「NPO法人企業教育研究会」の立ち上げに関わり、以降理事として企業と連携した授業開発を中心に活動。
令和3年度末をもって富里市立富里南小学校の校長を定年より5年早く退職し、令和4年度から「NPO法人企業教育研究会」で授業開発研究員として勤務し、企業と連携してキャリア教育や食育、情報モラル教育等々の授業開発を担当。
その傍ら、千葉大学や敬愛大学で教職を目指す学生に教鞭をとったり、千葉県教育庁情報モラル授業派遣講師や千葉市のアントレプレナーシップ教育事務局を担当したりする等している。