2025年6月21日(土)に第170回「千葉授業づくり研究会」が開催されました。今回のテーマは、「メタバース世界のものづくりを通した、創造的な探究活動とは!?  〜産官学民プロジェクト・ばーちゃるまつもとにおける高校生の挑戦事例から〜」です。

  

「ばーちゃるまつもと」とは、2023年度から産官学民連携で進めてきた実証事業「“ばーちゃるまつもと”による市民主体のシティプロモーション」にて構築され、コンテンツ制作においては、地元の中高大学生など長野県・松本市の若手クリエイターが中心となって制作したメタバース空間です。地元の高校生がメタバース空間でのコンテンツ制作やイベント企画に挑戦するなど先進的なプロジェクトを進めています。

  

本研究会では、そのばーちゃるまつもと推進プロジェクト代表の渋谷透さんをお招きし、メタバース世界でのものづくりから得られる体験や「ばーちゃるまつもと」プロジェクトの背景をお話いただきました。講演会に加え、参加者向けのメタバースコンテンツ制作体験会や、登壇者と参加者による活発なディスカッションも行われました。

  

このレポートでは、研究会全体の様子を詳しくお伝えします。学校教育に関心がある方はもちろん、メタバース空間でのものづくりや探究活動の授業に興味をお持ちの方にも、ぜひご一読いただきたい内容です。

人生最後の冒険を松本の地で。60代からの新たなチャレンジ

  

今回の講演会では、ばーちゃるまつもと推進プロジェクト代表の渋谷透さんにお話しいただきました。

  

元々日立システムズの会社員であった渋谷さんは、60代を迎えて「これをやらないと後悔する」という強い思いを胸に、新たな挑戦を始めました。それが、「ばーちゃるまつもと」のプロジェクトです。

  

渋谷さんは、自身の父親の存在が「ばーちゃるまつもと」立ち上げの大きな後押しになったと語っています。教員であった渋谷さんの父親は「60代はハナタレ」をモットーに、教職を退職した後も地元でスキージャンプの少年団を立ち上げ、70代にしてスキーを教える環境を地域に作り上げました。年齢を言い訳にせずいくつになっても挑戦を続ける父親の姿は、渋谷さんにも影響を与えたといいます。

  

そもそも「ばーちゃるまつもと」の立ち上げは、日立システムズの業務の中で携わったデジタルシティ松本推進機構での仕事がきっかけとなりました。現在では、渋谷さん自身が個人事業「nakama」を立ち上げ、松本市に移住しています。

  

また、松本への移住は、以下の3つが絶妙なタイミングで重なったことが決め手であるそうです。

  

  • 産官学民の貴重な人脈
  • イノベーションを生み出す可能性を秘めた松本のポテンシャル
  • DigiMATでの事業機会

  

今回は、これらの要素が関わりあって生まれた「ばーちゃるまつもと」を活用した子どもたちの学習事例や運営についての話をご紹介します。これからデジタル技術を教育現場に導入したいと考えている方々にとっても、具体的なヒントと実践の足がかりとなるでしょう。

松本の若手クリエイターと創りあげた「ばーちゃるまつもと」が生み出すつながり

続いて、「ばーちゃるまつもと」について詳しくお話いただきました。「ばーちゃるまつもと」によって、地域事業者や若手クリエイターとのつながりも生まれたといいます。

「ばーちゃるまつもと」では幅広い立場の人が関わって松本の魅力を発信する

「ばーちゃるまつもと」とは、長野県・松本市の若手クリエイターが中心となって制作した、松本の魅力を発信するメタバース空間です。六九商店街や井上百貨店本店など、松本の風景をバーチャル空間に再現しています。

  

松本市の工業高校や地元の中学生、地域事業者など幅広い関係者が携わり、ものづくりを楽しむ空間・つながりを生み出す空間として活用されています。

  

「ばーちゃるまつもと」には産官学民に幅広いステークホルダーがいます。市民主体の運営組織を中心として、井上百貨店や丸正醸造などの企業、松本大学や信州大学、松本工業高等学校などの学術機関、さらに教育委員会や松本観光コンベンション協会などもかかわっています。

  

渋谷さんは、「ばーちゃるまつもと」を、完成したバーチャル空間の中に入って楽しむというよりも、市民の力で創ること自体を楽しむことに重きを置いています。その特徴について、「ものづくりを楽しむ空間」と「つながりを生み出す空間」の2つのキーワードで説明しました。

  

「ものづくりを楽しむ空間」とは、「ばーちゃるまつもと」がメタバース空間で実際に若手クリエイターや子どもたちが創作を楽しむことができる場であることを指します。渋谷さんは、3D空間が可能にする幅広い表現方法は感性を磨くことや、表現対象への探究心がテキスト情報を超え直感的理解を磨くこと、年齢や立場関係なく開かれたクリエイターのコミュニティであることで互いにコミュニケーションを取る必要に駆られることなどを挙げ、「ばーちゃるまつもと」における活動は教育効果があるのではないかと注目します。

  

「つながりを生み出す空間」としては、若手クリエイターや地域事業者とのマッチングが行われているとご紹介いただきました。「ばーちゃるまつもと」は地元の中学生や高校生、大学生、フリーの3DCGクリエイターなどが、地域事業者や大学、行政とマッチングするきっかけづくりに寄与しています。若者の松本への関心を高めるとともに、若者の目線でのビジネスアイデアや事業者間コラボも生まれ、松本の新たな地域ブランディングを狙っています。

  

「ばーちゃるまつもと」活用事例や松本市の魅力を発信する地域事業者とのコラボ

渋谷さんに地域事業者との連携や「ばーちゃるまつもと」の活用事例もご紹介いただきました。

  

「ばーちゃるまつもと」内には、長年市民に愛されながら2025年3月31日に閉店した井上百貨店本店が再現されています。単にメタバース上に井上百貨店本店を再現するだけではなく、店舗の中に美鈴湖畔を作成するなど、松本工業高校の生徒の柔軟な発想で作成されています。

  

ほかにも、鬼ごっこやかくれんぼなどで遊べる松本城や講義室が再現された信州大学なども作成されています。

  

また、井上百貨店と松本の味噌メーカーが連携して、「まつもとMISOめぐり」という商品開発も行われたとお話いただきました。信州松本の味噌を6種類、150gずつ楽しめる商品です。松本のブランド力をアピールすることを目指して企画されました。

「ばーちゃるまつもと」の日々の運営と継続

「ばーちゃるまつもと」の日々の運営にはコミュニケーションサービス「Discord」が活用されています。Discord上では開発者のコミュニティもあり、雑談だけでなく、質問を投稿できるチャンネルを通じてノウハウが活発に共有されているとのことです。

  

ただ、「ばーちゃるまつもと」には地元の高校生が深く関わっているため、高校3年生の卒業に伴う継続性が課題となっています。この課題に対し、現状では卒業した高校生に後輩のメンターとして活動してもらうよう依頼し、プロジェクトの運営を継続していく工夫をしているそうです。

目指すゴールは、新たな松本のブランディング

渋谷さんが松本市との取り組みで目指すゴールは、松本発のイノベーションを松本市民で引き起こし、新たなブランディングとして確立していくことです。

  

「ばーちゃるまつもと」や現在進行中の松本の魅力を紹介する「AIコンシェルジュ」のプロジェクトなどもその一環で、市民がテクノロジーを活用して社会課題を解決する「Civic Tech」を大切にしているそうです。

  

オンライン教育支援センター「まつとも」の活動

松本市には、自宅から参加できるオンライン教育支援センター「まつとも」があります。「ばーちゃるまつもと推進プロジェクト」に関わる人材が環境整備に携わりサポートしています。

  

研究会の中では、実際に運営に携わるスタッフの方にビデオ通話で「まつとも」の様子をご紹介いただきました。

高校生や大学生も運営に協力。家にいながらニックネームで交流できる居場所づくり

「まつとも」は、学校に直接通うことが難しい松本市の小中学生のために作られたバーチャル空間の居場所です。自宅にいながら、オンラインで学習したり、仲間と交流したりすることができます。

  

現在、毎日10人程度の子どもたちが利用しており、そのうち4〜5人の子どもたちは毎日アクセスしているそうです。「まつとも」では匿名性を大切にし、利用者はニックネームのみで気軽に参加でき、相手の学年や学校などの情報がわからない中で、同じ空間で過ごしながら交流を深めていきます。

  

また、「まつとも」への来訪には特別な高性能パソコンは必要なく、子どもたちが学校から支給されている一人一台端末で十分に利用できるように配慮もされています。

  

運営や空間づくりには、スタッフのほかに高校生や大学生が協力しており、スタッフや教育学部の学生が子どもたちと同じ目線でかくれんぼやラジオ体操をするなど、積極的に子どもたちと関わっています。

  

「まつとも」のメインルームから他の空間へはクリック一つで移動でき、信州大学工学部の学生や松本工業高校の生徒が遊び場を制作しました。子どもたちが飽きないよう、季節ごとにレイアウト変更も行われています。

「まつとも」では子どもたちも空間づくりに参加。スタッフも驚く子どもたちの発想力

「まつとも」には、子どもたちが自分で見つけてきたコンテンツを貼り付けられる自由度の高い空間もあります。「まつとも」では、プロによるデザイン的に洗練された空間ではなく、子どもたちや学生が創りあげる手作り感のある温かい空間が定着しているそうです。

  

中には、不登校の一部の子どもたちに空間づくりの権限を渡し、運営として関わってもらうこともあったといいます。子どもたちは、コンテンツ制作のやり方を教わっていないにもかかわらず、マニュアルを見て自分で操作を覚え、宇宙空間をイメージした独自の空間を作り上げました。

  

制作には高度な技術を要するわけではあませんが、大人では思いつかない空間デザインへの発想力にはスタッフも目を見張るものがあるそうです。ほかにも小学生や中学生でも空間づくりやコンテンツづくりに挑戦する子がおり、その吸収力の高さにスタッフも驚きの連続だともお話いただきました。

メタバースにおけるコンテンツ制作体験会の様子

研究会の中では、実際にメタバースにおけるコンテンツ制作体験会が行われました。今回は、ブラウザ上でメタバース空間を制作できる「Vket Cloud」を使用し、4~5人のグループで作業しました。

  

体験会ではアバターの見た目を編集し、メタバース空間の中でアバターを動かすところまでを実施。アバターの編集ができるのは研究会の都合上15分のみ。身長や足の長さ、瞳、髪、耳の形や色まで幅広く調整できるので、こだわるとすぐに時間が過ぎてしまいます。直感的な操作性も手伝ってか、多くのグループが楽しみながら作業しているようでした。

アバターが完成したら、メタバース空間に入室します。お気に入りの姿でワールドを駆け回れるのはうれしいですね。ジャンプやアバターが動くエモートアクションを試すグループも見られ、参加者それぞれの楽しみ方が見受けられました。

  

今回は、アバターの編集が中心となりましたが、メタバース上のワールドを制作することもできるようです。プログラミングの知識がなくても、すぐにアバターやワールドを制作ができることに驚きました。


◆ディスカッション

研究会の後半には、千葉授業づくり定番のディスカッションが行われました。オンライン上で質問ができるサービス「Slido」を使い、参加者と登壇者で議論を行います。

  

「ばーちゃるまつもと」を使う子どもたちの実態についての質問が多数寄せられました。ここからは、ディスカッションの内容を一部抜粋要約してご紹介します。

  

Q.学校じゃないと学べない人間関係をバーチャル空間で学べるのが良いと感じました。空間を使用するだけではなく作ることもできるため、子どもたちの自信につながると考えました。子どもたちの将来につながるような事例があれば教えてください。

現在は、自分たちの空間で遊ぶことに注力しています。利用者は、不登校で対面で会ったことがない子どもたちが多いです。いずれ、バーチャルだけではなく、実際に対面で交流ができると良いなと考えています。

また、高校生については、イベントで200人くらいの市民の前で成果発表をしてもらい、メディアでも取り上げられることがありました。かなり刺激になったようです。

  

Q.特別支援学級に在籍している子がオンライン教育支援空間に参加している例はあるのですか?

現在は把握していないです。

ただ、学校の勉強が簡単に感じて不登校になってしまった小学生が、メタバース空間で飛行機の映像を集めた部屋を作り、自分を表現する方法として活用する事例はありました。

  

Q.オンライン教育支援センターの利用ルールを教えてください

平日の9:00〜17:00と利用時間を定めています。保護者の許可を得た場合に教育支援センターで指定したアカウントを利用して利用可能です。バーチャル空間への入室が許可されていない人は入れないようにしています。

不登校の子の場合は、保護者の申し込みの後に、教育委員会を通して「ばーちゃるまつもと」の入室URLを共有するようにしています。

現在は個別チャットの使われ方の状況把握や管理方法を模索しているところです。

  

Q.バーチャル空間が居場所になることで、リアルな交流に心理的な抵抗を持ってしまうのではないでしょうか

専門家の立場ではないので私見となりますが、バーチャル空間には必ず大学生や大人が入るようにしています。子どもだけにせず、大人が伴走する形をとることが大切だと考えています。

以上で、第170回千葉授業づくり研究会のレポートのご報告とします。ご講演いただきました渋谷さん、参加者のみなさま、誠にありがとうございました。


千葉授業づくり研究会の参加方法

千葉授業づくり研究会にはどなたでも参加できます。

興味がある方は、こちらの開催情報をチェックしてくださいね!Zoomを用いたオンライン配信による参加もできるので、遠方の方も大歓迎です。

【記事担当:千鳥あゆむ】

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