2026年5月16日(土)、本年度2回目となる第176回「千葉授業づくり研究会」を開催いたしました。
現在、文部科学省・中央教育審議会では、次期学習指導要領の改訂に向けて「探究的な学び」を中心にさまざまな議論がなされています。子どもたちが自ら課題を見つけ、正解のない問いに向かって学習を進めるこの学びにおいて、地域社会に関するテーマは、重要な位置を占めるようになってきました。
こうした背景を踏まえ、今回は「公民連携によるリノベーションまちづくりから探究的な学びを考える」をテーマに設定しました。
講師は、行政や民間企業・団体が連携し、市内のJR3駅を中心に「人材、空き家、空き店舗など」を活用した駅周辺のリノベーションを進める 市原市役所 都市整備課 まちなか再生係 係長 三澤 正幸さまです。
研究会では、市原市が進める「公民連携によるリノベーションまちづくり」の背景や具体的事例についてご講演いただき、その視点を「探究的な学び」にどう活用できるか参加者全員でディスカッションしました。
当日は多くの教育関係者にご参加いただき、このテーマに対する関心の高さがうかがえました。「探究的な学び」や「地域社会の課題」の学習において、行政との連携やまちづくりのアプローチがどう活かせるか、ぜひ参考にしていただければ幸いです。

はじめに、弊会理事長の藤川大祐教授(千葉大学大学院教育学研究院長)が登壇し、このテーマを取り上げた背景や、これからの学校教育における地域連携の大切さについて、次のようにお話しになりました。
「この研究会は20年以上続けてきましたが、普段は企業の方を招くことが多く、行政の方をお招きするのはかなり珍しいと思います 。三澤さんには以前に別の形でお世話になっており、アントレプレナーシップ教育の勉強会に来ていただいたのがきっかけです 。
当時、小学校での実践において、学校側の思いはあっても『地域にどんな面白い話や可能性があるのか』について、先生方が見通しを持ちにくいという課題があり、三澤さんをご紹介いただきました 。
今、学校では探究的な学びが議論されていますが、教育側だけの枠組みではなかなか進みません 。ですが、行政の方であれば産業界とも教育界ともルートがつながっていますので、ご協力いただくことで教育実践がとても円滑に進んでいくのではと思います 。
本日は、いろいろな行政の方と皆さんがつながって、どんな連携ができるのか視野を広げる機会になれば幸いです 。」

続いて、市原市役所 三澤さんによる講演へと進みました。
三澤さんは地元・市原市の出身で、市役所に勤務して20年目になります。プライベートでは3人のお子さんの父親でもあり、ご自身の子育てについて「それほどかっちりした思いはないんですけども、できるだけ子どもたちにはいろいろな経験をさせてあげたいなと思っています」と話されており、穏やかなお人柄が伝わってきます。
お仕事では、2020年に新設された駅周辺のまちづくりを担当する部署への異動を機に、公民連携事業やリノベーションまちづくりの担当を務めてこられました。
まずは、三澤さんが日々向き合っている市原市の現状と、なぜ今「公民連携」が必要なのかという背景からお話がありました。
市原市は、千葉県で最も広い面積を持つ自治体です。海岸沿いはコンビナートが広がる工業都市ですが、内陸部へと進むとのどかな田園地帯や里山が広がっています。近年では、養老渓谷の自然を活かした「チームラボ」による夜間野外アート展が開催されたり、世界的建築家である隈研吾氏がデザインを手がけたチバニアンガイダンス施設のオープンを控えていたりと、多彩な地域資源を持つ魅力的な地域です。
このように多くのポテンシャルがある一方で、市原市でも2003年をピークに人口減少が進んでいます。主要駅である五井駅の周辺には、駐車場などの「低未利用地」が広がっており、あまり有効利用されていません。駅前がそのような状況であることから、都市としての魅力が低下してしまうという課題も抱えています。
かつてのようにインフラを整備すれば人が増える時代は終わり、現代は人口減少による建物の余剰や、原油高にともなう新築コストの高騰に直面しています。そのため、従来のような行政主導のやり方だけでは「まちづくり」が難しくなっています。
そこで市原市が2020年からスタートしたのが、地域の課題解決を目的とした、民間主導・行政支援による「公民連携のリノベーションまちづくり」です。今ある空き家や空き店舗を資源として捉え直し、民間の創造性やスピード感を活かして、低リスク・低コストでスピーディーに事業を生み出していくアプローチです。
その第一歩として、まずは「街のために何か始めてみたい」という人材を発掘するため、実際の駅前物件を題材にビジネスプランを企画・提案する「リノベーションスクール」を開催しています。
市原市の市長は、こうした新しい挑戦に積極的に参加し応援してくれる方だそうで、スクール最終日の公開プレゼンテーションにも自ら足を運ばれています。トップ自らが熱意を持って民間の提案を応援する姿勢が、行政全体で新しい挑戦をバックアップする温かいムード作りに繋がっています。


リノベーションスクールをきっかけに、市民メンバーのアイデアから誕生したのが、毎月第3日曜日に開催されている「五井朝市」(市原市公式ウェブサイト 市民特派員記事、市原市公式YouTube紹介)です。
舞台となった五井駅西口エリアは、工場勤務者向けの居酒屋などが多く夜間は賑わう反面、昼間はシャッターが閉まる店舗が多く、人通りが少なく閑散としていることが課題でした。ここに目をつけたメンバーたちが「夜のまちに朝食を」をコンセプトに、朝食マルシェの企画を立ち上げました。
いきなり実店舗を構えるリスクを避けるため、まずは月1回朝方のマルシェとしてスモールステップで開始しました。民間の「やりたい」という熱意から始まり、市民が主体的に関わる形を体現したプロジェクトです。この取り組みは着実に地域に根付き、2026年4月時点で57回を数える継続的な活動となっています。
現在では、近隣にある千葉県立生浜高校の「ビジネス研究部」も定期出店しており、生徒が開発した海苔餃子や海苔チョコレートなどを販売しています。
さらにこの取り組みを続けていく中で、子育て世帯から「朝の時間だけでは子どもたちが楽しみきれず、もったいないからもっと長くやってほしい」という声が聞こえてくるようになりました。そこで、五井駅西口のすぐ近くにある「梨の木公園」を舞台に、気候の良い5月と10月の年2回、朝市を少し拡大したイベント「梨の木市」も開催されるようになりました。
この「梨の木市」では、来場者が各店舗のカレーを食べ比べて投票する「カレーグランプリ」などの人気企画も誕生し、イベントは大盛況となっています。

この五井朝市での成功や熱量を発端として、五井駅周辺では次々と民間の主体的な動きが連鎖しています。
元は魚屋だった空き店舗をリノベーションし、時間貸しのシェアキッチンを提供する。個人シェフや生産者が集まり、共に食を通じた交流や地域づくりに取り組む。
築50年のビルオーナーが、若者たちの熱意に触発され自らビル内を改修。アート空間「シアターブレイク」など、個性的な個人店舗がオープンしました。オーナー自身も居住空間をリノベーションし、飲食店をオープン。週末には自ら店頭に立って料理を振る舞っています。
最初の3年間、五井駅西口エリアに絞ってリノベーションスクールを重ねてきた結果、この5年間で駅周辺には10店舗近くの小さな「個店」がオープンしました。
よく地元の高校生から「駅前にマックやスタバが欲しい」という声も聞かれますが、もし駅前がチェーン店ばかりになってしまうと、「市原市でなければならない理由」がなくなり、市外への人口流出の歯止めにはなりません。「どこでも同じ生活ができるなら、より便利な千葉市や木更津市がいい」ということになってしまうからです。
だからこそ、ここにしかない個性的なお店が増えることで、「この街がちょっと好きかも」という地域への愛着へと繋がっていく…。三澤さんは、五井駅周辺で民間主導の小さなお店を増やしていく重要性について、そのように語りました。
五井駅に続いて、隣の姉ヶ崎駅周辺でもリノベーションスクールを開催しました。
姉ヶ崎駅の西口周辺には空き物件もありますが、それ以上に「公園予定地」が多く存在していました。区画整理自体は終わっているものの、市の予算の関係でまだ遊具などを整備できず、何も整備されていない更地(原っぱ)の状態の場所が西口だけで4箇所もあったそうです。
周辺には新しい住宅も建ち始めていましたが、子どもたちからすると、そこに入って遊んでいい場所なのかが少し分かりにくい状態になっていました。
スクールに参加したメンバーの中に、公園予定地を使いたいという班がありました。そこで、スクール終了後に講師の指導のもと、自分たちの手でオリジナルの移動式屋台(タイヤ付き)をDIYで製作。保健所の許可も正式に取得し、食品販売ができる体制を整えました。
屋台が完成したときには、周辺の住民の皆さんに「今度こんなことを始めます!」と挨拶に回り、そこから定期的なマルシェの開催へと繋げていきました。
普段はただの原っぱですが、手作りの屋台が並んでお店が開かれると、近所の子どもたちもすごく喜んでくれて、大勢の人が集まる賑やかな場所になりました。
2年目は、イベント時だけでなく「子どもたちが日常的に公園で遊びたくなる仕掛けを作っていきたい」という方向へと取り組みが進みました。
その一環として、「クリスマスを自分たちで作っちゃおう」というイベントを開催。子どもたちが公園で手作りした様々な作品を飾り、全体を上から見ると大きなクリスマスツリーになっているような仕掛けのあるイベントです。
本来誰もが出入りできる公園に、こうした私物を3週間も常設(占用)することは行政的にハードルが高いことですが、かつて拠点形成課に所属していた三澤さん自身に他部署との調整に関する知見があったことから、間を取り持ち、正規に使用料を支払うことでこの課題をクリアしました。
また、「公園の地面を掘って畑を作り、トウモロコシを育てる」という、これまでにない大胆なトライアルにも挑戦しました。子どもたちの手で土を掘り、種を植えてトウモロコシを育てるという体験、そして、そこで大切に育てたトウモロコシからポップコーンを作り、みんなで「公園映画祭」を開いて味わう…。
子どもたちがこうした体験を重ね、そこで育ったものを使ってまたお祭りをやることで、その場所が地域が、愛着を持つ場所になっていくのではないかという思いのもとで取り組まれています。
これらイベントが開催されているのは公園予定地ですが、行政が公園に遊具を設置する際は、町会へ確認の後、滑り台やブランコなどを設置するのが一般的な流れだそうです。
姉ヶ崎での取り組みでは、「何もない今だからこそ、様々なトライアルを重ねながら、この公園に本当に必要な機能は何かを、地域のみんなと一緒に考えていきたい」という思いのもとで進められています。
4箇所の公園はそれぞれ特性が異なるため、それぞれの予定地に「ダンスができるステージがあると良い」、「キッチンカーを入れやすいように一部分だけ舗装をかけておくべき」といった、実際の使い手としての具体的な意見をみんなで出し合っています。2〜3年後に控える正式な公園整備の際に、管理・活用していく民間団体側から実践的な提案ができるよう、今からノウハウを蓄積しています。
公園の活用に加え、駅前にあるバーの駐車場を舞台にした「姉崎ガーデンマーケット(ローカルチャレンジマーケット)」という新たな動きも始まっています。
夜間しか車が停まらない駐車場の、昼間のデッドスペースを活用した取り組みです。小さなスペースですが、地域に密着し子どもたちとワークショップを開いたり、子どもたちが出店側として開催する「わたあめ」や「かき氷」などの体験会も人気です。
その場で食材を買うバーベキューイベントなども開催され、姉ヶ崎の駅前でも「自分たちの手でまちを楽しむ」動きが着実に広がっています。
市原市では、五井駅・姉ヶ崎駅に続き、八幡宿(やわたじゅく)駅周辺での活性化にも取り組んでいます。八幡宿地域では、まちづくりの実績がある民間団体「むすびあい」を2025年4月に都市再生推進法人に指定し、行政のパートナーとして共にまちづくりを進めています。
2026年3月1日、八幡宿駅の西口に、古い公民館や支所などを1箇所に集約した新しい公共施設「やわたパレット」がオープンしました。この日、パートナーである「むすびあい」の皆さんは施設誕生を応援しようと、「八幡にぎわい横丁」イベントを同日に合わせて企画してくれました。
イベントでは、駅から「やわたパレット」へ向かう道路を歩行者天国にし飲食店などを出店したほか、地域の皆さんの心の拠り所である「飯香岡八幡宮」の境内でお囃子を演奏したり、移転によって空き建物となる「八幡公民館」を活用してダンスを披露したりと、エリア全体を巻き込んだ場を作り上げました。
行政だけでは施設内での式典(セレモニー)だけで終わってしまいがちなオープンが、多くの地域団体が連携する形へと広がりました。
この「八幡にぎわい横丁」では、幅広い団体との連携も特徴的でした。開催メンバーの中では、「1回目は健常者目線になりがちだった」という反省があったそうです。そこで2回目となる今回は、障害を持つ方や福祉作業所、産婦人科協会などとも連携を図りました。
当日は、地元の中学校の子どもたちと一緒に視覚障害の方の歩行体験を行ったり、妊婦さんの疑似体験、福祉作業所の事業紹介ブースなどを設置。特定の層だけでなく、地域の多様な人たちが一緒になって楽しめるイベントへと進化させました。
イベントによる一時的な賑わいにとどまらず、日常的な居場所を作る「エキチカチャレンジ」という試みも進められています。これは駅の東口前や、線路沿いのオープン前の道路を活用し、キッチンカーやテントに出店してもらうものです。
この試みは、あえて「平日火・水・木の夕方5時から9時頃」という時間帯で開催されました。学校帰りの中高生や仕事帰りの会社員が、日常の中でちょっと寄れる場所を作りたいという思いから始まった取り組みだからです。今年度は、にぎわい横丁の舞台となった西口側へ場所を変えて展開していくことが検討されています。
事例紹介の後、三澤さんは、次のようにまとめました。
「今日ご紹介した事例は市が直接やっているものではなく、すべて民間が主体です。
リノベーションまちづくりにおける行政の役割は、その地域で何かをしたい「人の発掘」をメインに、裏方としてサポートすることだと考えています。そのサポートとは、例えば行政の立場を活かした場所の確保、役所との間に入った事業化支援、プロモーションなどです。
皆さん自分の地域への愛着が強く、それぞれの地域で多くの方が活発に動いています。そうした人たちをさらに繋ぐため、毎月「いちはら会議」という交流会も開いています。
「まちづくり」と「探究学習」には、どちらも正解やゴールがないという共通点があるように思います。他市を含めいろいろな事例の中には完璧に見えるものもありますが、まちづくりにゴールはありません。常に挑戦し続けなければ現状維持すら難しいのが現実ですし、人口が増えたら増えたでまた違う課題が出てくるように、終わりはないのです。
若いうち、学生のうちに地域に触れて関わっておくことが、深い愛着に繋がっていくはずです。そうしてまちづくりと教育がつながっていくと、地域がもっと面白くなっていくんじゃないかなというふうに思います。」


研究会の後半には、前半のお話を受けてディスカッションが行われました。オンライン上で質問ができるサービス「Slido」も使いながら、参加者と登壇者で議論を行いました。
ディスカッションを通して「まちづくりによる地域活性化と学校教育の連携」について多くの意見が交わされました。
ここからは、ディスカッションの内容を一部抜粋・要約して、Q&A形式でご紹介します。
市原市の事例で言いますと、市が特定のメンバーを「選定した」わけではありません 。きっかけは市が開催したリノベーションスクールですが、これは有料で3日間を費やす非常にハードルの高い取り組みです 。だからこそ、そこに参加される時点で、まちづくりに対する強い思いや覚悟を持った方ばかりでした 。行政が採用したというよりも、熱量を持って自発的に集まった地域の方々に、市が伴走していったという形です 。
ただ、行政の立場や「仕事」として関わりすぎると、ルールや枠組みに縛られてかえって動きづらくなってしまう場面もあります 。そのため、私自身も一人の人間として、プライベートでもこの活動に参加しています 。
実は、立ち上げの時から小学生の長女を朝市の現場に連れていってお手伝いをさせていました 。長女が地域の人にかわいがられ、楽しそうに過ごす姿を見て 、下の子たちも「楽しそうだぞ」と一緒に行きたがるようになり 、今では家族ぐるみでこの活動を楽しんでいます 。
大切にしているのは、行政や私自身が「こうしてください」と言いすぎないことです。
もちろん、取り組みが本来の目的から大きく外れそうなときには、「他の地域ではこうしていますよ」と事例を紹介したり、必要なアドバイスをしたりすることはあります。しかし、行政が主導しすぎて指示を出してしまうと、なかなか活動が続かなくなったり、参加者の主体性やモチベーションが下がったりしてしまいます。
実は、これまでにスクールで提案されたチームの中には、方向性の違いによって解散してしまったり、途中で辞めてしまったりしたケースもありました。すべてがうまくいくわけではありませんが、本日の事例は、今も活動が続いているケースとしてご紹介させていただきました。
ディスカッションでは、学校との連携について話が広がりました。登壇者からの回答にとどまらず、行政の担当者からの投げかけに対してフロアの先生方が複数名回答するなど、学校現場の実態に即した議論が大いに盛り上がりました。
この質問については、次に示すように、参加者の様々な実践事例や経験談が寄せられました。
行政と学校の連携には様々な課題があることが窺えましたが、学校側の目的意識や地域の特性に応じて、柔軟にコミュニケーションをとることがポイントになるようです。
以前は学校を通じて紙のチラシを一括配布できましたが、近年は教員の負担軽減などのルールにより制限されるようになりました。
かといって、デジタル配信に切り替えても、今度は大量の情報の中に埋もれてしまうというジレンマがあります。
地域の魅力的な活動をそもそも先生方に知ってもらう機会自体が少なくなっている現状をどう打破し、双方をどうマッチングさせていくかが今後の大きな課題だと感じています。
市原市青葉台では、地域の町会協議会と高校が連携し、高校生が作成した新聞を町会協議会のホームページに掲載したり、高校生と一緒に空き店舗をDIYしてカフェを運営したりしている事例があります。
地域にとっては、高校生の力を借りることで新しい動きが生まれますし、高校生にとっては、地域の中で自分の役割を持ち、社会と関わる貴重な経験になります。
一方で、最初に大きな熱量で立ち上がった取り組みも、続けていくのが難しい場面も出てきます。高校生自身の日常が忙しすぎるという問題もあります。
「立ち上げること」以上に難しいのは「続ける仕組みをつくること」です。そのためには、学校、地域、行政だけでなく、大学や企業など、外部の力をうまく組み合わせていく必要があると考えています。
まちづくりや公共的な活動というと、「無償で行うもの」「誰かが利益を得てはいけないもの」と考えられがちです。 しかし、活動を継続するためには、資金が必要です。ボランティアだけでは続かないこともあります。
地域課題を解決するためには、自立した事業をつくり、きちんと収益を得ることも大切です。 人口減少や財政の厳しさが進む中では、地域の中で事業を生み出し、持続可能な形で活動を続けていくことが必要になります。
「公共」と「収益」は対立するものではなく、活動を続けるためにどう設計するかが問われていると思います。
学校現場に関わる参加者からも、さまざまな事例が紹介されました。
大切なのは、お金を扱うことを避けるのではなく、「何のために売るのか」「得た利益をどう使うのか」を子どもたち自身が考えることだという意見も出ました。
利益の扱いについて、藤川教授より、以下のような指摘もありました。
「学校にお金が入ってくること自体は、決して否定されるものではありません。しかし、そこで得られた利益を自分たちだけで、私的な利益として扱うのは適切ではないと考えています。学校という場は税金や地域のご支援によって成り立っている公共的な場だからです。
一つ重要なのは、お金には『人と人を結びつける媒介』という機能がある点です。お金が動くからこそ、地域の人と子どもたちとの間に確かなつながりが生まれます。
むしろ、そこからお金を排除してしまうと、持続的な関係づくりは難しくなってしまいます。だからこそ、教育現場でお金をいたずらにタブー視せず、お金がうまく回る仕組みを子どもたちの学習に取り入れた方が、活動も持続しやすくなるのではと考えます。」
「行政を学校に読み替えると、まちづくりの考え方は学校づくりにも生かせるのではないか」という議論も起こりました。
ある先生からは、学校の中庭をリノベーションする実践構想が紹介されました。
普段あまり使われていない中庭に、子どもたちがベンチなどを配置し、どのように人の動きが変わるのかを検証するというものです。
さらに、AIカメラを用いて人の動きをヒートマップとして可視化し、子どもたちが「どこに置けば人が集まるのか」「どうすれば過ごしやすい空間になるのか」を考える計画もあるそうです。
これは、まさに学校の中に「まちづくり」の視点を取り入れる実践です。
子どもたちにとって、学校は最も身近な社会の一つです。
その学校を自分たちの手でよりよくしていく経験は、将来、地域や社会をよりよくしていく学びにもつながるはずだという意見があがりました。




研究会の最後に藤川教授は、
「人口が増加している時代であれば、それぞれのセクションで頑張っていればよかったかもしれません。しかし、これから人口が減少していくなかで、社会をどうつなげていくかというと、やはり連携が非常に重要になってくるように思います。
学校教育においても、学校だけでやれる時代はもう終わりつつあるのではないでしょうか。
ですので、いろいろな人と手を組み、力を借りつつ、子どもたちも地域に貢献するという双方向の互恵関係のようなものを作っていかないと、学校も地域も生き残れないのではと感じます。
本日の研究会を通して、学校にまちづくりの発想を取り入れ、立場を超えて融合しながら連携していくという、一つの大きなヒントをいただいたと思っております。このようなテーマも取り上げながら、実践につなげていきたいと思います。」
と話を結びました。
今回の研究会では、公民連携によるまちづくりの具体例を通じて、学校と地域が単に協力するだけでなく、双方向に貢献する「探究的な学び」の可能性について深く考える機会となりました。
地域の大人が探究学習にボランティアとして協力するのではなく、学校や子どもたちが探究学習を通して、「社会の一員」としてまちづくりに参加していくという形は、非常に新鮮に感じました。
子どもたちが、自身が住んでいる地域への愛着を育めるような企画、イベント、生活環境があることは、とても魅力的に映ります。一方で、関心の高い一部の児童生徒ではなく「教室・学校単位」で、しかも用意された範囲の授業や課題ではなく、本物の地域課題に挑むとなると…
学校の先生方が実践に尻込みしてしまう気持ちもよく分かります。リアルな実践に伴う数々の想定外や準備の大変さは、日々の子育ての経験からも容易に想像ができるからです(笑)。
それこそ、学校のみに任せるのではなく、家庭が学校教育へ参加することや、学校の先生方の時間的余裕の確保など、現状では、学校単位で、子どもたちがまちづくりの一員として探究活動を行うには、クリアすべきネック(課題)も多く存在するとも感じました。
だからこそ、これらのハードルをどう乗り越えていくのか、さまざまな実践例に注目しつつ、ACEとしてどのような支援や活動が可能なのか、私たちも真摯に考えていきたいと思います。
最後になりましたが、ご登壇いただいた三澤さん、そしてご参加いただいた皆さま、ありがとうございました。
千葉授業づくり研究会にはどなたでも参加できます。
興味がある方は、こちらの開催情報をチェックしてくださいね!Zoomを用いたオンライン配信による参加もできるので、遠方の方も大歓迎です。
2026年4月22日(水)、本年度第1回目となる第175回「千葉授業づくり研究会」を開催いたしました。今回のテーマは「生成AI時代のSNSの安全利用と情報モラル教育 〜子どもたちをめぐる最新動向と、学校・家庭・SNS事業者の役割を考える〜」です。
生成AIの普及で情報の生成・拡大のあり方が大きく変わるなか、子どもたちがどうすれば安全にSNSを利用できるのか。そして、その力をどう育てるかは、今の教育現場や家庭にとって本当に大切な課題になっています。
それを受け、今回の研究会では、Instagramなどを運営するMeta日本法人(Facebook Japan、以下Meta)の栗原さあやさんにお越しいただきました。世の中の最新のデジタル環境に精通されているMetaと弊会(ACE)は、これまでも出張授業「みんなのデジタル教室」や、VR(バーチャルリアリティ)教員研修会など、継続して連携させていただいています。
VRに関する活動の様子はこちら
出張授業「みんなのデジタル教室」についてはこちら
当日は、Metaが進めている安全対策の最新情報や、新しく始まった「ティーンアカウント」にどのような思いが込められているのかなど、詳しくお話しいただきました。学校関係者や保護者など、子どもたちとSNSとの関係や安全な使い方に関心のある方は必見です!ぜひ、ご一読ください。
はじめに、弊会理事長の藤川大祐教授(千葉大学大学院教育学研究院長)が登壇。20年にわたり、この問題に携わってきた経験を交えてお話がありました。
「SNSの歴史を振り返ると、2007年頃から普及が始まり、2013年頃のスマホの爆発的な普及とともにFacebookやTwitterが定着しました。その後、InstagramやTikTok、YouTubeなど、動画や写真を中心とした今の形へと大きく広がってきた流れがあります。
現在、世界中で議論されているのは、SNSの長時間利用や犯罪被害、そしてメンタルヘルスへの深刻な影響です。私自身、2005年頃に警察庁が初めて設置した会議の委員を務めて以来、約20年にわたり国のレベルでこの問題に関わってきましたが、今、状況はかつてない『新たな局面』を迎えていると感じています。
オーストラリアやフランスでの法規制、日本でのこども家庭庁による議論など、世界情勢も大きく変化しています。こうした中、Metaが他社に先駆けて導入した『ティーンアカウント』のように、事業者が若い世代の安全を守る本格的な仕組みを整えることは非常に重要です。
事業者が自らの責務を果たす一方で、私たち教育側は何をすべきなのか。これまでの『ネットから遠ざける』といった議論から一歩進み、それぞれの役割を整理した上で、どう子どもたちを支え導くか。今日は本音で、かつ率直に議論を深めたいと思います。」
続いて、Meta日本法人の公共政策本部で、ネット上の安全対策やリテラシー教育を担当されている栗原さあやさんにお話しいただきました 。栗原さんは、政府や自治体、NPOや学校関係者と連携しながら、子どもたちのネット上の安全や、リテラシー教育の普及に日々力を注いでいらっしゃいます 。
今回の講演テーマは、『青少年保護の取り組みについて』 。Metaがプラットフォームとして何よりも大切にしている、「10代の利用者に、安全で年齢に合った体験を届ける」という目標を、実際の機能にどのように反映させているのか 。最新の設計思想や具体的な仕組みについて、詳しく解説していただきました。
SNSが子どもたちの生活に深く浸透し、日々当たり前のように使われている今、そこには新しい関心事の発見や、多様なつながりといったポジティブな側面が数多くあります。その一方で、利用に伴う新たな課題が浮き彫りになっていることもまた事実です。
その安全な環境を支える「土台」としてまず紹介されたのが、すべてのサービスの根底にある「コミュニティ規定」です。この「コミュニティ規定」は、インターネットで一般公開されており、どなたでも確認することができます。
「コミュニティ規定」は、FacebookやInstagram等において、コンテンツとして「何が認められ、何が認められないか」の共通ルールを定めたものです。テクノロジーや人権の専門家からの助言に基づいて策定されており、全世界で一貫して適用されます。ルールに違反した場合には、投稿の削除やアカウントの停止といった措置が取られます。
栗原さんは、この規定について「ルールをいかに実効性のあるものにするかが大切だ」と話され、通常の報告機能による監視に加えて稼働しているという、最新のAI技術を活用した取り組みについても解説しました。その内容について以下に紹介します。
続いて、Metaの事前リサーチに基づき、多くの保護者が懸念を持っているとされた3つの点。
子どもたちがSNS上で「誰とやり取りしているか」「どんな内容を見ているか」「利用時間は?」といった不安に直接応えるために開発された「ティーンアカウント」を紹介しました 。会場のみなさんに伺うと、ティーンアカウントの認知度は3割程度の様子です。

こちらは、保護者の見守りのもとで安全にInstagramを利用できるよう、Instagramが利用可能な13歳から17歳の子どもたちにおいては、初期設定において自動的に設定がなされるものです。
日本では2025年1月から導入され、既設アカウントを含む全対象者が移行済みです。
13歳から17歳の中でも設定を緩和する方法などには違いがあり、年齢によるニーズの変化も考慮した仕様になっています。

こうした数々の安全機能について、栗原さんは「デフォルト(初期設定)」で自動的に適用されることの重要性を強調されていました。
背景にあるのは、日々多忙な時間を送る子どもたちや保護者、そして先生方への配慮です。多くのアプリを使いこなす中で、複雑な設定を一つひとつ手動で確認し、変更していくのは決して容易ではありません。
だからこそ、ユーザー側の操作を必要とせず、何もしなくても最初から安全な設定がオンになっていること。この「最初から守られている状態」こそが重要であるという考えに基づき、機能開発を進めているとのことでした。
年齢詐称を防ぐための対策も徹底されています。AIによる動画での年齢推定や、公的身分証明書の確認など、外部サービスも組み合わせた多角的な方法で、利用者の年齢を正しく判別する工夫がなされています。
現在、子どものスマートフォンには数十個ものアプリがインストールされていると言われており、保護者がそのすべてを個別に把握し、設定を管理し続けるのは現実的に非常に困難です。
こうした負担を解消するためには、個々のアプリ単位での対策だけでなく、スマートフォンの土台であるOS、アプリストアレベルで、一括して年齢確認や保護者の同意管理ができる仕組みが求められます。
栗原さんは、アプリごとの対策を徹底する一方で、業界全体でOSレベルの共通基盤を整えることが、結果として保護者の負担を減らし、より確実な子どもの保護につながるという点にも言及されました。
保護者が子どものSNS利用により深く関わり、安心を見守るための「ペアレンタルコントロール(見守り機能)」についても詳しく紹介されました。こちらは、保護者のアカウントと子どものアカウントを連携させて使用する仕組みで、子どものプライバシーを尊重しながら、家庭ごとのルールに合わせて活用できる機能が整っています。

さらに、万が一深刻なトラブルに直面してしまった際の具体的な救済策として、専用ツール「Take It Down(テイクイットダウン)」についても紹介されました。これは、Metaが支援する外部の専門プラットフォームで、望まない性的画像の拡散を未然に防ぐための仕組みです。
そもそも「セクストーション(性的脅迫)」とは、「セクシャル(性的)」と「エクストーション(強請・脅迫)」を組み合わせた言葉です。言葉巧みに送らせた裸の画像などを「ネットにばらまくぞ」と脅し、金銭やさらなる画像を要求する卑劣な犯罪を指します。
こうした脅迫に対し、「Take It Down」は以下のような仕組みで子どもたちの将来を守ります。


講演の最後に、栗原さんは次のように締めくくりました。
「SNSや生成AIにはリスクもありますが、リスクを最小限に抑えつつ、テクノロジーが持つポジティブな側面を最大限に引き出していきたいと考えています 。
多くの専門家の先生方が共通しておっしゃるのが、『まずは子どもの声に耳を傾けること』の大切さです 。トラブルが起きたとき、大人はどうしても『なぜこんなことになったのか』と原因を問い詰めてしまいがちですが、そうするとお子さんは心を閉ざしてしまいます 。
お子さんが安心して相談できる環境を、皆さまと一緒に作っていければと願っています 。」
研究会の後半は、千葉授業づくり研究会では定番のディスカッションの時間です。最新の安全機能や世界的な動向をふまえ、学校・家庭・事業者がどう連携して子どもたちを支えるべきか、活発な議論が行われました。
ここからは、ディスカッションの内容を一部抜粋要約してご紹介します。
Q.いわゆる「裏アカ」や、生年月日を偽って登録することについて、プラットフォームではどのように対応していますか?
A.Instagramでアカウントを作成する時には、生年月日の入力が必要になります。
複数のアカウントを作ること自体はできますが、それぞれのアカウントで生年月日を入力する必要があります。13歳から17歳の利用者であれば、ティーンアカウントの対象になります。
生年月日を偽って登録している場合でも、閲覧しているコンテンツなど、利用状況に関する複数のシグナルから年齢に関する判断が行われる可能性があります。
また、趣味やコミュニティごとにアカウントを使い分けること自体は、必ずしも否定されているわけではありません。家族、友人、趣味のつながりなど、関係性に応じてアカウントを分ける使い方はあり得ます。
一方で、別のアカウントを使って悪口を書いたり、匿名性を利用して過激な発言をしたりするリスクもあります。そのため、複数アカウントの利用そのものよりも、それを悪用した誹謗中傷などをどう防ぐかが課題になります。
Q.ティーンアカウントはどのように導入され、どのように受け止められていますか?
A.2025年4月時点で、世界中のティーンアカウントの数は5400万を超えていました。
日本の13歳から17歳の利用者についても、ティーンアカウントへの移行がすでに完了しています。そのため、該当する年齢の利用者は、基本的にティーンアカウントを利用していることになります。
また、13歳から15歳のティーンアカウント利用者の97%が保護設定をデフォルトのままオンにしているという数値が出ています。このことから、保護設定は、子どもたちにとって強い抵抗があるわけではなく、自然に受け止められていると考えています。
Q.不適切なコンテンツを通報した後は、どのようなプロセスを経て対応がなされるのでしょうか?
A.通報されたコンテンツは、AIや人の目を用いて確認されます。
対応状況については、透明性レポートとして四半期ごとに公開されています。レポートでは、いじめや子どもの性的搾取など、カテゴリーごとの対応状況を見ることができます。ただし、日本だけの数字は個別には出ておらず、基本的には全世界の数字として公開されています。
一方で、通報されたコンテンツが必ず削除されるわけではありません。コミュニティ規定に違反しているかどうか判断が難しい、いわゆるグレーなコンテンツもあります。
また、著名人や政治家などに関する投稿では、表現の自由との関係から、判断の条件が異なる場合もあります。そのため、不快に感じるコンテンツであっても、規定に違反していなければ削除されないことがあります。
なお、誤って削除された場合には、異議申し立てができます。さらに、判断が難しいコンテンツについては、Metaとは別の第三者機関であるオーバーサイトボードが扱う場合もあります。オーバーサイトボードでは、有識者による議論やパブリックコメントなどを踏まえ、Metaに勧告を行う仕組みがあります。
また、通報以外の方法として、「非表示」機能もあります。Instagramでは、見たくないコンテンツを非表示にすることで、そのコンテンツが表示されなくなるだけでなく、似たようなコンテンツがなるべくおすすめに出ないように調整できます。
保護者からは、最初から保護機能が入っていることに安心感があるという声があります。一方で、家庭内での話し合いや、ペアレンタルコントロールを使った見守りについては、さらに認知を広げていく必要があります。
Q.学校教員です。SNSトラブルの指導で悩んでいます。例えば、子ども同士で不適切な動画を撮影・拡散してしまった場合、学校はどこまで指導してよいのでしょうか?
A.学校としてどこまで踏み込むべきかについては、非常に難しい問題です。
プラットフォーム側では、家庭で設定できる機能や、保護者向けの情報提供を行っています。一方で、保護者も忙しく、機能や設定を一つひとつ確認することが難しい場合があります。
ただいずれにしても、学校が家庭に対してどこまで強く求めるかについては、簡単に答えを出せる問題ではありません。
また、保護者の情報モラルへの関心や理解には大きな差があります。家庭でSNSやメッセージアプリの使い方をきちんと話し合っている保護者もいる一方で、そうすることが難しいご家庭もあると思います。
そのため、学校だけで対応を完結させるのではなく、家庭での話し合いを促すための資料や、保護者に届きやすい情報提供の方法を考えていく必要があります。
Q.保護者にSNSや情報モラルに関する情報を届けるには、どのような工夫が必要ですか?
A.デジタルリテラシーへの関心が高い家庭では、家庭内で一定のルールづくりや見守りが行われています。一方で全てのご家庭に知っていただくことはなかなか難しいという課題があります。
そのため、保護者会や入学説明会など、学校と保護者が接点を持つ機会で使える教材があるとよいのではないかという話がありました。特に、小学校から中学校へ進学する際の入学説明会は、多くの保護者が参加するため、スマートフォンやSNSの使い方について伝える機会として活用しやすいと考えられます。
また、忙しい保護者の方にもご関心を持っていただきやすいよう、短い動画や漫画形式のコンテンツなど、形式も工夫して伝える必要があります。
Metaでは実際に、ティーンアカウントの機能を30秒程度で紹介する動画や、保護者クリエイターと連携した発信も行われています。
ディスカッションの中では、学校の先生方へ安全対策の情報が届きにくいという課題も浮き彫りになりました 。また、総務省が行うデジタルポジティブアクションサイトから一括で各社・団体の教材にアクセスできることも紹介されました。
先生方が授業や指導で活用しやすいように情報を整理し、直面しているトラブルや悩みをキーワードとして入力すれば、現場で最適な教材が即座に提案されるような仕組みづくりも、今後の重要となってくるのではという意見も出ました 。

研究会の締めくくりとして、理事長の藤川教授より、本日の議論を総括する挨拶がありました。
「今日の議論を通じて改めて感じたのは、SNSに対する『過度な規制』はマイナス面が大きいということです 。一律に禁止をしてしまえば、子どもたちの活動はかえって大人の目が届かない『闇』へと隠れてしまい、結果としてリスクを高めてしまいます 。私たちは子どもの権利を尊重し、守らなければなりません 。
現在、オーストラリアなどでは非常に厳しい法規制が進んでいますが、日本はそれとは異なる道を模索すべきではないでしょうか 。問題を直視し、適切に対応しながら、安全な利用を促進しつつ権利も守られる。そうした日本ならではの形を、これからも様々な場面で議論し、形にしていければと思います 。」
今回の研究会を通じ、立場を問わず子どもを支える大人に必要なのは、子どもの声に耳を傾ける姿勢と「対話」だと改めて感じました。
一方で、親としての葛藤も尽きません。中高生の娘がいるわが家でも、最近は学習に生成AIを使う場面が増え、スマホの使用時間について制限時間を延ばしたり、その流れでついSNSも見てしまったりと、時間の管理はより難しくなりました。
見守り機能についても、OSの違いによる連携のしにくさや、親側のアカウント作成が必要な点など、使いにくさを感じることがあります。また、子どもに問われてもフェイクを見抜くのが難しく、進化のスピードに親が追いつけているのかという不安も正直あります。こうした親子で模索している状況下で、トラブルに対応される先生方の負担は相当なものと想像します。
しかし、これまで子どもの自制心に頼るしかなかった部分が、今回のような技術の力で支援可能になってきていることに、解決への明るい兆しを感じました。私たちACEも、出張授業を通じて一人ひとりに寄り添い、安全で主体的な活用をサポートする活動に、より一層前向きに取り組んでまいります。
以上で、第175回千葉授業づくり研究会のレポートのご報告とします。ご講演いただきました栗原さん、そして参加者のみなさん、ありがとうございました。
千葉授業づくり研究会にはどなたでも参加できます。
興味がある方は、こちらの開催情報をチェックしてくださいね!Zoomを用いたオンライン配信による参加もできるので、遠方の方も大歓迎です。
2026年3月10日、Meta主催のラウンドテーブル「国内外の専門家と10代利用者の安全なSNS体験を考える」が港区にあるMeta東京オフィスにて開催されました。
ACEは2020年からMetaと協働し、中高生向けのデジタルリテラシー教育プログラム「みんなのデジタル教室」を全国に届けています。本イベントには、ACE理事長であり千葉大学大学院教育学研究院長である藤川大祐教授(以下、「藤川先生」)もパネリストとして登壇するということで、この日は職員5名で参加してきました。


「子どもたちのSNSとの向き合い方」については、当人たちやその保護者はもちろんのこと、教育関係者にとって避けては通れないトピックです。
また、最近オーストラリアで 16歳未満のSNS利用を規制する法律が制定されたことが大きな話題となり、社会全体でどう向き合っていくべきか国内外で議論が繰り広げられています。そんなホットな話題をテーマとした本イベントの様子をレポートできればと思います。



このイベントは、10代の利用者の安全なSNS体験について考える場として、こども家庭庁が実施する「令和8年春の安心ネット・新学期一斉行動」に合わせると共に、総務省が推進する官民連携プロジェクト「DIGITAL POSITIVE ACTION」の一環として展開されました。
イベントの幕開け、Metaのミア・ガーリック氏は、世界的な「SNS利用禁止」の議論に触れつつも、「最も根本的な解決策は制限ではなく、若者に安全な環境で学び、つながり、成長するためのツールを与える『エンパワーメント』にあります」と話しました。
そういった想いから誕生したのがInstagramの「ティーンアカウント」という取り組みだそうです。最大の特徴は、安全機能が最初から「デフォルト(初期設定)」で自動適用されていること。守られた環境の中でSNSを使い始められる仕組みになっています。
私たちが実施している「みんなのデジタル教室」の事後アンケートからは、生徒たちのリアルな現状が見えてきます。多くの生徒たちは「SNSで気をつけるべきこと」を知識としては理解しているものの、具体的にどう設定し、どう行動すべきかという「実践」の段階で足が止まっているという課題があります。こうした現状を鑑みると、利用する本人や保護者だけに安全利用の全責任を委ねることには限界があると言わざるを得ません。
だからこそ私たちは、今回の「ティーンアカウント」のように、事業者側が安全機能をデフォルト(初期設定)で組み込む仕組みを構築することは、教育現場にとっても極めて意義深いものだと捉えています。あらかじめ安全な土台が整っていれば、子どもや保護者、そして私たち教育関係者は、「どうリスクを避けるか」という守りの議論に終始することなく、「機能をどう生かして安全に使いこなすか」という、より前向きな利活用の対話に注力できるようになるからです。
続いて、オーストラリアから来日したルーシー・トーマス氏が代表を務める、いじめ防止教育団体「PROJECT ROCKET」の紹介がありました。
この活動の最大の特徴は、ファシリテーターが学生と年齢の近い若者であること。専門家ではなく「仲間」としての信頼関係があるからこそ、若者たちの主体的な変革が促されるのだそうです。最近では、国会の公聴会やメディア出演などを通じて、実際の政策決定の場にも若者の声を届けているといいます。

「若者は社会課題を解決していくためのパートナーである」というトーマス氏の言葉がとても印象的でした。若者のためにと言いながら、肝心の若者が不在のまま議論が進んでしまうことも少なくありません。彼らの声を主役にした活動が社会を変えていく、そんな力強い実例に触れられた貴重な時間となりました。
イベント後半は、Metaの栗原氏をモデレーターに、トーマス氏と藤川先生によるパネルディスカッションが行われました。国内外のSNSを取り巻く「今」や、家庭・教育現場での向き合い方など、それぞれの立場からの深い知見が交わされ、非常に興味深い議論が繰り広げられました。

その中から、特に私たちが注目したポイントをピックアップしてご紹介します。
トーマス氏によると、現地でも様々な受け止め方があるそうです。 保護者の間では、子どもの安全のために歓迎する声がある一方で、「自己表現やコミュニティとのつながり、教育の機会を奪ってしまうのでは?」と過剰な規制を心配する声も根強くあるようです。
また、当事者である10代の子どもたちは、法の趣旨は理解しつつも「決まるプロセスに自分たちの意見が反映されていない」と、不満や喪失感を抱いている子も少なくないとのこと。海外の友人との交流や、大切な相談の場を失ってしまうという課題も浮き彫りになっているそうです。
藤川先生は、2007年から続く「青少年インターネット環境整備法」による取り組みが、スマホの普及によって形骸化している点を指摘。今の時代に合った再構築が必要だと訴えました。 また、「こども基本法」はあるものの、若者の意見が十分に政策に反映されていないことにも触れ、当事者の声をしっかり組み込む仕組み作りを強調しました。
これに対しトーマス氏も、一律の禁止は「大人になってから突然デジタルの荒波に放り出されるリスク」を生むと同意。一方的な排除ではなく、事業者が協業してスキルや経験を積めるようサポートしていくことが重要だと話しました。
藤川先生は、トラブルが急増しやすい「中学1年生前後」の時期に注目。家庭内だけでなく、保護者同士や学校とも連携した環境づくりを提案しました。大人が違法行為のリスクをしっかり伝える責任を持つ一方で、それ以外の部分では子どもの主体性を尊重し、丁寧に話し合っていくことが大切だといいます。
トーマス氏が強調したのは、根底にある「信頼関係」です。問題が起きてから動くのではなく、日頃から子どもが楽しんでいる世界に大人が好奇心を持って関わることが第一歩。「それ楽しそうだね、教えて」というリスペクトのある姿勢が、思春期の難しい時期でもオープンに対話できる土壌を育んでくれるはず、と保護者に向け、心強いアドバイスを送ってくれました。
最後は参加者の皆さんからの質疑応答タイムです。こちらも印象的だったトピックをご紹介します。

海外でも話題の「無限スクロール」や「自動再生」といった機能。 Meta側は、日常生活に支障をきたす可能性を考慮し、利用時間のリマインダーやスリープモードなどの対策をすでに導入している現状を説明。 これに対し藤川先生は、「子どものネット利用時間が倍増している」という深刻な実態を指摘しました。アルゴリズムの影響も大きいため、Metaだけでなく、サービスを提供するすべての事業者が一定の基準で利用を抑制する仕組みを整えてほしい、と強く訴えました。
トーマス氏は、かつての「みんなで責任を分かち合おう」という前向きな議論が、今は「誰のせいでこうなったか」という責任追及に変わってしまっていると指摘しました。 もう一度、社会全体で役割を見つめ直すべき。その点、日本は若者の視点を大切にした丁寧な議論ができる位置にあり、世界的なリーダーになれるはずだ、と期待を寄せていました。
藤川先生も、これまで学校や保護者が過度な負担を強いられてきた実態に触れ、「ティーンアカウントのような仕組みがもっと早くから普及していれば、現場の状況も違っていたかもしれない」と、事業者側のさらなる主体的なアクションに期待を寄せてコメントしました。
今回のラウンドテーブルを通じて改めて実感したのは、10代のSNS利用を支えるためには、「周りの大人の温かい関わり」と「国や事業者による仕組みのサポート」が、どちらも欠かせないということです。
もちろん、子どもをリスクから遠ざけるための制限は必要です。しかし、それが「一方的な禁止」に偏りすぎてしまえば、将来子どもたちが自分の身を守り、道具を使いこなすための大切なスキルを学ぶ機会を奪うことにもなりかねません。子どもを単に「守られる対象」として縛るのではなく、システムの仕組みで優しく制御しつつ、段階的にデジタル環境に慣れ、主体的にスキルを身につけていける環境を社会全体で整えていくことが重要だと強く感じました。
また、議論の中で「子どもたちの声」が置き去りにされがちだという指摘も印象的でした。大人の都合だけでルールを決めてしまう風潮は、子どもたちの主体性を削ぎ、結果として「自分でリスクを判断できずトラブルに巻き込まれる」という悪循環を生んでしまうかもしれません。子どもたちが「どう活用すれば、より自分らしく生きられるか」を自ら考え、アクションしていく姿を私たちは応援していきたいです。
私たちがお届けしている「みんなのデジタル教室」では、SNSのネガティブな側面を伝えるだけでなく、その先にあるポジティブな可能性を大切にしたいという思いで日々実践を重ねています。教育現場の先生方からは、SNSトラブルへの指導に対する戸惑いや、「リスクとその対策を重点的に話してほしい」という切実な声を伺うことも少なくありません。私たちの授業が、先生や保護者の皆さんが子どもたちと一歩踏み込んだ「対話」を始めるきっかけになれば、これほど嬉しいことはありません。
本イベントで得た数々の気づきを糧に、これからも最新の技術動向にアンテナを張り続けてまいります。めまぐるしく変化するデジタルの世界において、子どもたちが安全に、そして自分らしく歩んでいけるよう、これからも全力でサポートを続けていきたいと思います。
(執筆者:脇坂亜希)
2026年2月21日・22日に開催された『日本デジタルゲーム学会 第16回年次大会』にて、ACE職員(授業開発研究員)の岡野健人さんが、見事「学生大会奨励賞」を受賞しました!
発表題目:
岡野健人・明石萌子・和田翔太(2026)
『VRの教育活用に関する教員研修のデザインと実践』
■ 受賞対象となった研究の概要
今回の受賞は、今年度Meta社と協力して取り組んできた「VR・ヘッドマウントディスプレイ(HMD)の教育活用推進」プロジェクトの成果をまとめたものです。
研究の題材となった研修会がどのような内容であったのか、その詳細はブログ下部添付の記事にて詳しく紹介しています。ぜひ併せてご覧ください!
この研修では、最新のヘッドマウントディスプレイ(HMD)を使い、理科の深海観察や図工の3Dアート体験など、VRならではの「没入感」を活かした学びの形を提案しました。
■ ご評価をいただいた点
審査員からは、本研究の独創性や実践的・実証的な姿勢について、以下のような講評をいただきました。
・独創性:着眼点が極めてユニークかつ実践的であり、豊富なデータに基づく明確な根拠が提示されている点。
・研究としての誠実さ:実証的で真摯な研究姿勢が、学術的価値を示している点。
・社会実装への視点:実際の現場導入を見据え、教育者側の運用負荷の軽減という重要な課題を提示している点。
■ 受賞した岡野さんからのコメント
このたびは、大変光栄な賞をいただき、誠にありがとうございます。
本研究は、Meta日本法人の皆様をはじめ、多くの関係者の皆さまのご協力によって実現したものであり、改めて心より感謝申し上げます。
私は大学院でも「教育工学」に関する研究に取り組んでいます。受験勉強が辛かったという自身の体験から、少しでも子どもたちに「ワクワクする授業を届けたい」という思いを原動力に、教育におけるデジタル技術の活用について研究と実践を続けてきました。
そうした関心から、今回のVRを活用した教員研修も、子どもたちにとって魅力的な学びを現場の先生方と一緒に構想できる機会をつくれないかという思いで企画・実施したものです。
ACEは、企業・学校と連携しながら新規性・提案性のある実践を積み重ね、それを学術研究として発信できることが大きな強みであると感じています。 私自身も、こうした連携の中で、研究と学校現場の双方に新しい視点や可能性をもたらす取り組みができることに、やりがいと手応えを感じています。
今後も、日本の教育をより良くするために、研究・現場双方に清らかで新しい風を吹き込んでいきたいと考えています。
引き続き精進してまいりますので、何卒よろしくお願い申し上げます。
■ 学会受賞の詳細はこちら
今回の受賞に関する詳細や、学会のプログラムについては以下のリンクよりご確認いただけます。
■ 誰もがワクワクできる教育を目指して
岡野さんのコメントのように、「VR・ヘッドマウントディスプレイ(HMD)の教育活用推進」は、授業形態の変化や新しい学びはもちろん、物理的な制約や環境など、さまざまな理由で「体験」が難しかった子どもたちに、新しい世界を届ける強力なツールにもなり得る興味深いテーマです。
ACEはこれからも、企業の皆さまと連携し、先端技術の活用など含めた質の高い授業・教材の検証を続け、子どもたちの可能性を広げるお手伝いを続けていきます。
改めて、岡野さん、受賞おめでとうございます!



【教員研修会・実践報告】 VRを活用した新たな教育の可能性
〜仮想世界への没入から得られる学びとは〜
【文・篠崎実穂(広報)】
2025年11月19日、船橋市立若松小学校の体育館にて、教員の方を対象とした研修会「VRを活用した新たな教育の可能性」を開催しました。今回は、Meta日本法人の皆さまとNPO法人企業教育研究会(ACE)が共同で企画・運営を行い、当日は48名の先生方にご参加いただきました。
当日は、ACEの学生スタッフも運営に加わり、VR機材のセッティングや操作のサポートを担当しました。先生方が実際に機材に触れ、活発に意見を交わす様子から、VRへの関心の高さと新しい可能性を感じる一日となりました。
このブログでは、講演の概要をはじめ、実機体験での先生方の反応や、教育現場への導入に向けたディスカッションの内容をまとめました。VRの教育活用に関心をお持ちの先生方のヒントになるよう、当日の様子をありのままにお伝えします。

まずは職員の明石さんから、VRやヘッドマウントディスプレイ(HMD)について概要を説明しました。
VRとは、デジタル技術で構築された仮想空間を、あたかも現実であるかのように体感する技術です 。ヘッドマウントディスプレイ(以下HMD)を用いることで、立体的なグラフィック、ステレオ音声、コントローラーの振動などを通して視覚・聴覚・感覚を人工的に再現し、仮想世界に完全に入り込んだような没入体験を可能にします。また、ユーザーはアバターとして仮想世界に登場し、活動することができます 。

VR体験に不可欠な機器の歴史についても解説しました。
VRの研究は1950年代の巨大な固定装置「センソラマ」から始まりましたが、2012年の「Oculus Rift」の登場や、2016年の「VR元年」を経て、技術は飛躍的に軽量化・高精度化しました。かつては数十万円の予算と高性能パソコンが必要だった環境ですが、現在はパソコンに繋ぐ必要がなく単体で動く「スタンドアロン型」が主流です。今回体験会に用いた「Meta Quest」シリーズのように、5万円程度から導入可能なモデルも出てきており、学校現場でも現実的な導入が検討できるフェーズに入っています。
VRやメタバースの活用は、教育現場や地域活性等へと広がっています。
地域連携・探究学習:
兵庫県養父市では吉本興業株式会社と連携し、市の観光資源を再現した「バーチャルやぶ」を公開。HMDやPCからイベントに参加できる交流拠点として活用されています。また、長野県松本市の「ばーちゃるまつもと」では、自治体や企業、市民が連携し、商店街や観光名所を再現。一部のコンテンツは松本工業高校の生徒が探究学習で制作しました。
不登校支援・学校運営:
広島市と立命館大学は、VR機器を用いた「メタバース不登校学生居場所支援プログラム」を実施。アバターを用いてワールド体験や制作者へのインタビューを行っています。また、学校法人角川ドワンゴ学園 N高等学校・S高等学校では、メタバース上に教室や校庭を再現し、離れた場所にいる生徒同士がグループワークや行事を行っています。
第二言語学習(スペイン):
イリノイ大学(米)とImmerse社が連携し、スペインの小学校6年生を対象にVRを活用した英語学習を実施。VR空間上のアイテムに直接触れられることで、英単語の学習が促進されました。
ユニバーサルデザインの学習(韓国):
デジタルリテラシー協会が公開している授業案を活用。ユニバーサルデザインの概念を学んだ後、児童生徒がオリジナルのデザイン案を作成し、それを3Dモデル化して発表に活用しています。
文部科学省はGIGAスクール構想の下、先端技術の教育活用が推進されています。VRについては、ガイドブック等でVR・ARの解説や事例紹介を行うとともに、VR技術を活用した探究学習、国際交流、バーチャル教室等における不登校支援の実証実践なども進められており、VRは学びのための「新たな選択肢」として位置付けられつつあります。
実際の機材(HMD)を装着していただいた研修会では、以下のようなアプリを体験しました。
機材についてはMeta日本法人に提供をいただき、Meta職員のみなさま、ACE学生スタッフが手厚くフォローする体制にて進めました。

体験の時間が始まると、会場の体育館は驚きや感嘆の声が響き、みなさん大変な盛り上がり。
HMDの慣れない操作ということもあり、使いたいアプリを起動して体験を始めるまではスムーズではない場面も見受けられましたが、HMDを装着すること自体にも新鮮味を感じ、周りの先生方と和気あいあいと参加して下さっている様子でした。






事後アンケートを見ると、92.5%の先生方が没入感を体験できたことが示されていました。「思っていたよりも没入感があり驚きだらけで楽しかった」「使ってみたいと思っていたので初めて体験できてよかった」などの意見がありました。
一方、約半数の方が操作の難しい場面があったと回答しており、さらに、HMDの重さへの懸念や、導入時には子どもが興奮しすぎてしまうのでは?と心配を感じる先生もいらっしゃるようでした。
実際にHMDによるアプリを体験していただいた後、VRだからこそ可能となる学習について以下4点を紹介しました。
(1)VRタイムシフト(記録・再生)
VR空間での活動を記録し、後から好きなタイミングでその場にいるかのように追体験できる仕組みです 。欠席した児童生徒が後から授業に参加する際、クラスの状況を疑似体験することで孤独感を和らげる効果などが期待されています 。
(2)プロテウス効果(心理・行動の変容)
アバターの見た目によって、ユーザーの心理や行動が変化する現象です 。ドラゴンの姿になると高所への恐怖が抑制されるという研究や、アバターをまとうことで苦手意識のある児童が積極的にダンスの授業に参加できた事例があります 。
(3)分身
少数派の意見を持つ参加者1名の発話を、複数のアバターに分割して提示する技術です 。メタバース上での見かけの人数差を縮小することで、周囲の同調圧力を緩和し、多様な意見交換を促進できる可能性が示されています 。
(4)融合身体
1つのアバターを2人で同時に操作する技術です 。例えば、先生と生徒が同時に操作すると、従来の学習よりも習得速度が向上する事例があります。効率的な技能習得への活用が注目されています 。
VR技術がより身近になり、これらの学び方が教室の選択肢に加わることで、子どもたちの学びの幅はこれまで以上に大きく広がりそうです。
当日のディスカッション及び、記載いただいたディスカッションシートより、VR教育を授業へ定着させるための具体的なヒントが見えてきました。以下に、先生方よりいただいた感想や意見を紹介します。
(1)体験を補足する活用アイデア
先生方からは、既存の教材ではリーチしきれない「体験の不足」を補うための具体的な活用案が多数提案されました。
・空間と量感を直感的に掴む(理科・算数)
理科では、月と太陽の位置関係(半月や三日月の仕組み)や、地層の掘削体験など、平面の図面や模型ではイメージの共有が難しい内容に対し、VRを用い「中に入り込む」ことで、直感的な空間把握を助けたいという声が挙げられました 。算数(空間図形)や、天体の動き、微生物の世界など、「ミクロからマクロまで」の視点を教室に持ち込みたいという期待が寄せられていました。
・歴史や地理を「追体験」する(社会科)
歴史上の出来事へのタイムスリップや、戦国・縄文時代の生活、あるいは国内外の遠隔地への校外学習など、「実際に行くことが困難な場所・時代」をバーチャルで体験することに対し、意見が交わされました。
・身体性と技能の指導(体育・技術・英語)
「けん玉VR」のスローモーション機能等を例に、鉄棒やダンスなどの動きを視覚的に見て真似る、あるいは自分の動きを客観視するという指導への応用に関心が集まりました。また、英語学習における「AIアバターとの会話」など、対話のハードルを下げる試みも注目されていました。
(2)メタバースが拓く「包摂的な学び」
ディスカッションとシート記述において、多くの先生がメタバースを評価していました。
・「参加のハードル」を下げるアバターの力
不登校支援や別室登校において、アバターという「姿」を介すことで、対人コミュニケーションの不安を軽減し、学びの場へ参加しやすくなる可能性に期待が寄せられました 。
特に、外国籍児童が多い学校では「言語に対応したアバターとの会話」により、メタバースを介すことで「誰もが参加できる空間」になり得ることが示唆されました。
・失敗を恐れない「実験室」としての価値
災害時の避難訓練や防災体験など、「現実ではリスクを伴う体験」を、教室という安全な場所で何度でも失敗しながら学べる環境は、VR空間ならではの大きな価値として共有されました 。
(3)導入の現実的ハードル
一方で、VRを「日常の授業」に落とし込むための現実的な課題も浮き彫りになりました。
・目的か、手段か
多くの回答に共通していたのが、「VRを使うこと自体が目的になってはいけない」という冷静な視点です。「現行の学習指導要領や単元内容との整合性(相性)」を重視し、本当に必要な場面でのみ効果的に使うべきだという意見が共有されました。
・運用負荷と環境への懸念
授業準備の煩雑さ、限られた時間内での機材セットアップ、さらには低学年における機材の耐久性・衛生管理など、日常のルーティンにどう組み込むかという「運用の負荷」に対しては慎重な意見も多かったです。また、「登校している児童生徒と、VR参加の児童生徒をどう両立させるか」といった、日々の運営に直結する切実な悩みも提示されました 。

研修会後に実施したアンケート(有効回答42名)では、先生方の率直な反応と現場の視点が浮き彫りになりました。
今回の研修結果をデータで振り返ると、VRという言葉自体は95.1%の先生方が知っていたものの、実際に体験したことがある方は3割未満(28.6%)にとどまっていました。研修を通じて92.5%の先生方が「仮想世界への没入を体験できた」と回答し、約7割が「現実ではできない体験ができる」ことを実感されました。
一方で、導入の障壁については9割以上の先生が「機器導入コスト」を懸念しており、実現に向けては「教材パッケージの提供(76.2%)」や「教職員向け研修(69%)」といった、実質的な運用のサポート体制が強く求められていることが分かりました 。
アンケートに寄せられた感想について、一部ご紹介します。
「大人がとても楽しくできたので、児童たちは本当に夢中になると思います。」
「今日の研修の前にクラスの子に、『VRの研修に行くんだ』というと、『いいな~!!』『うらやましい!!』といわれました。子どもたちの関心が高いので。学校でも活用できるように考えていきたいと思いました。」
「既存の教育活動にどう取り入れていくのかが課題になるとはと思いました。ICTもそうでしたが、目的ではなく手段としてVRを活用する以上、現行の学習内容、単元の特徴との相性が良くないと難しいとは感じました。」
「校外学習の下見をVRで行えるのは楽になりそうだが、つきつめてもはや校外学習もVRでいいのでは?となりそう…VRではなく、実際の体験を行う意味が薄れていくのは怖いような。」
「メタバースは課題のある児童に有効だと感じるが、メタバースだけで生きていくのは今のところ難しく、生きずらさの解消に本当につながる?と疑問を持ちました。」
今回の研修は、先生方が実際にVRを体験いただいた上で、「教室でどのようにVRを活用できるか」を一緒に考える時間をたっぷり取ることができました。実際に機材に触れていただく中で、驚きや楽しさとともに、授業での可能性について多くのアイデアが生まれていたことがとても印象的でした。
VRは、これまで教室では体験することが難しかった空間や状況を疑似的に体験できる技術であり、学びの幅を広げる新しい選択肢の一つになり得ます。一方で、授業への導入には機材の扱いや運用面などの課題も存在します。今回の研修を通じて、そうした可能性と課題の双方を共有しながら、現場の先生方と共に実践のヒントを探ることができたことは大きな意義だったと感じています。
「実際に見たり聞いたりできないものを経験できる。自分自身もどんな風に使えるかワクワクした」という宮本小学校・佐々木先生の言葉に、かねてよりワクワクする授業を届けたいと日々活動する私たちも、VRの大きな可能性を改めて強く感じました。
もちろん、実際の教室への導入にはコストや管理、安全面など高いハードルがあることも重々承知しております 。私たちACEは、先端技術と学校現場の橋渡し役として、子どもたちへ質の高い学びを届けるための活動を、これからも地道に続けてまいります。
なお、こうした一連の研究成果をまとめ、職員の岡野さんが発表いたしました『VRの教育活用に関する教員研修のデザインと実践』が、日本デジタルゲーム学会 第16回年次大会にて「学生大会奨励賞」を受賞いたしました。本受賞は、Meta日本法人の皆さま、研修の場で率直なご意見や貴重な気づきをくださった先生方のご協力があってこそ成し得たものです。この場を借りて、改めて心より感謝申し上げます。
これからも、現場の先生方に少しでもお役に立てるよう、活動を続けてまいります。
【文・篠崎実穂(広報)】
中学生向けキャリア教育の出張授業「カードゲームで学ぶキャリア図鑑」は、株式会社マイナビとNPO法人企業教育研究会(ACE)が協力し、全国の学校にお届けしている出張授業です。
(授業概要については 授業概要紹介ページ、実際の授業の様子は 授業実践レポート にてそれぞれご紹介しています。)
本ブログ記事では、開発の裏側を紹介した大長編ブログ『マイナビ×ACE 「カードゲームで学ぶキャリア図鑑」の授業ができるまで』の企画に続き、なかなか表に出る機会のない「運営実践」に焦点を当ててご紹介します。
今回は、前回の座談会メンバーに加え、出張授業の最前線で運営に深く関わるメンバーも合流しました。教材が完成した後も続く、授業準備、学校との調整業務、当日の進行管理など、出張授業を支える運営チームの真摯な取り組みと実践をレポートとしてお届けします。
座談会進行は、開発編に続き、記事執筆も担う広報・篠崎が務めました。
企業と連携した教育実践の舞台裏や、出張授業に対する想いを、ぜひ知っていただけたら嬉しく思います。

篠崎:
今日はお集まりいただきありがとうございます。
2024年7月から「キャリア図鑑」の出張授業が始まり、授業展開も2年目に突入しています。
まずは、出張授業実践全般の印象からみなさんにお伺いできればと思います。
瀬尾:
この授業の印象ですが、教室に入ると、生徒たちは「今日は何をするんだろう?」という様子でこちらを見てきます。導入で用いる教材のアニメーションが始まるとみんなしっかり前の方を見てくれ、さらにカードゲームが始まると、教室の空気がパッと変わって、班ごとに楽しそうな声が上がり始めるのが印象的だと感じています。
岡田:
ゲーム中は、机の上にカードがたくさん広がっていて、「こうしたらお客さん増えるんじゃない?」「それだと赤字になりそうじゃない?」といった会話が自然と出てきます。授業者が「話し合ってください」と促さなくても、生徒たちが班ごとに自然と相談し始めるのは、この教材の特長だと感じています。
篠崎:
ゲームの盛り上りもありとても楽しそうですね。また、自発的に参加してくれる生徒が多い授業なのですね。
開発編では、キャリア教育として学習のねらいを達成するため、授業や教材に散りばめている様々な工夫について伺いました。
その工夫が、生徒たちの学習達成に活きたと感じた場面はありましたか?
明石:
この教材は、全国の中学生が身近な地域と関連づけながら「仕事と社会のつながり」を学習できるような工夫を取り入れています。
例えば、熊本のある中学校では、校舎の目の前に地産地消を大事にしているお弁当屋さんがありました。教材の中でも地元食材を活かして町おこしを目指す人物が登場するのですが、この学校ではお弁当屋さんの事例から具体的なイメージを持つ生徒が多くみられました。
また、福岡の学校でも、ワークシートを見て明太子の加工工場を思い出して話している班があったり、自分たちの地域の産業と重ねて考えている様子が見て取れました。
もちろん教材自体は特定の地域を想定していないのですが、生徒たちが自分たちの身近なお店と結びつけて考えてくれていて、「狙っていた反応が出ているな」と感じました。
授業で生徒たちに示す「まいひな市」の設定は、実在の市のエピソードなどを随所に盛り込んでいます。
従って、どの角度から見ても学校ごとに共感ポイントがあるようにと考えているので、こういう生徒の反応を見ると設定の仕込みが活きているなと感じます。
篠崎:
その狙っていた反応が出ていると感じられた点。具体的にどのようなことなのでしょうか。
明石:
開発編の座談会でも話しましたが、教材はあまり具体的なイメージに落とし込まない形で開発しています。
具体的にしすぎると、「自分とは関係のない話」と感じられてしまうこともあるので、あえて少し抽象寄りにすることで、どの地域の生徒でも自分たちの生活に重ねやすくなるようにしています。
生徒が「これって○○の話じゃない?」と、身近な店や場所に置き換えて話し始めるのは、抽象的な表現に留めていることが寄与していると思います。
また、キャリアの話には、ひとつの正解があるわけではありません。
だから授業の教材も、「この道を通れば正解です」という一本道ではなく、どこから考え始めても学びにつながるように、複数の入り口がある設計にしています。
篠崎:
ありがとうございます。この授業の存在が生徒たちの日常と結びつき、想像を膨らますことに貢献している様子や、自然と会話が生まれて授業が盛り上がっている様子。そしてそれは、明石さんが狙って仕込んでいた技法が寄与していることがイメージできました。
さて、ACEでは質を担保した出張授業を届けるため、授業者を育成する模擬授業の存在も欠かせないポイントです。学生スタッフも授業者として出張授業に赴いていますが、授業者としてデビューするにはACE内で実施される模擬授業で合格しなければ授業者になれないシステムですよね。
模擬授業について、気をつけているポイントなどあれば教えてください。
瀬尾:
授業者になる予定の方には、企業講師役、生徒役の担当者を用意したACE内の模擬授業の場で、実際の授業とまったく同じ形で授業進行を経験してもらいます。
その際、フィードバックの場などで、板書の仕方やカードゲーム準備の方法、ワークに入る前の指示の出し方、生徒への声かけなど、細かい点を共有するようにしています。授業者が迷わないよう、操作や言い回しの部分もできるだけ具体的に伝えています。
岡田:
私は企業講師役などで模擬授業に参加することも多いですが、そのたびに気づきがあって、本番の授業にも活かしています。
授業者同士でフィードバックし合える場にもなっていて、模擬授業の存在は授業の質を底上げしてくれていると思います。
岡野:
私が研究的に実施する授業では一回だけ実施するなどが多く、さらに自身で授業を作り込んでいるがゆえに、仮に授業が予定通りに進まない場合も、違う方向から進めて学習目標が達成できればいいと考え柔軟に授業を進めることができます。
そういう点では、この出張授業は、全国のいろいろな子どもがいるところで、毎回違う企業講師の方と、ある程度流れが確定した授業をする難しさがあると感じています。それゆえに、模擬授業を通して授業準備はとても大切だと感じます。とは言え、現場の臨機応変さも問われるとも思います。
明石:
そうなんです。模擬授業の時に、ベストな進め方を考えて詳細に準備してきてくれる方もいらっしゃいます。でも、学校って本当に多様なので、自分の準備通りに行かないことの方が多いわけです。
ですので、私は模擬授業では、授業中に実際にいそうなさまざまな生徒を演じて参加しています。その上で、「今日みたいな生徒にはその言い方は合わないかも」といった具合に、(厳しいと思われるかもしれませんが)具体的にフィードバックし、授業者を育成しています。
篠崎:
なるほど、入念な準備も必要ですし、とは言え、臨機応変さも問われるというのは、授業者というのは奥が深いですね。
誰が授業者として学校に赴いても、学習のねらいがブレないよう、模擬授業は不可欠な存在ですね。
臨機応変というお話もありましたが、実際に学校で授業を進めるとき、授業者として意識している点はありますか?
岡田:
私は、生徒の「顔が上がっているかどうか」をよく見ています。
2時間目の後半に、講師がまとめて説明するパートがあるのですが、情報量が多くなるところでもあります。
昨年度は、その場面で「ちょっと処理しきれないかも」という表情の生徒が出てくることもあり、「生徒が苦しいかな」と感じることがありました。
今年度は、構成の整理や情報の並べ方の見直しが入ったことで、「今日はちゃんと聞いてくれているな」と思える回が増えました。
古谷:
あの時間は、講師の話し方も問われますよね。
それでも、生徒が顔を上げて聞いてくれていると、「伝わっているな」と感じられて、こちらも安心します。
篠崎:
先ほど、岡田さんから、構成の整理や情報の並べ方の見直しが入ったという話がありましたが、2年目の出張授業展開前に行われた授業と教材の改修による変化をどのように感じていますか。
瀬尾:
大きな変化として感じたのは、カードゲームからワークへのつながりがスムーズになったことです。
昨年度は、「ゲームは盛り上がるけれど、2時間目で生徒の温度感が下がる」というギャップを感じることもありました。
今年は、ゲームの結果や気づきをそのままワークに持ち込めるようになり、生徒が「次に何をすればよいか」が分かりやすくなったと思います。
岡田:
そうですね。ワークに入ったあと、生徒の手が止まりにくくなったと感じています。
昨年度は、「何から書けばいいか分からない」というところからスタートする班も多かったのですが、今年は書き始めがスムーズな班が増えたと感じています。
ワークの場面でも、「どうしてこの店はうまくいかなかったんだろう?」と、理由を自分でたどろうとする生徒が増えたと感じています。
原因や背景を考えながら書こうとしている姿が見られます。
古谷:
昨年は「自由に考えていいよ」と言われることで、かえって戸惑う生徒もいた印象でしたね。
岡野:
私は、この授業に関わり始めて日が浅いですが、ワークシートの見直しがあったこともあり、より生徒の集中が続く形になったと感じています。授業の情報量そのものを極端に減らしたわけではなく、「どの順番で、どのくらいの量を出すか」を整理したことで、生徒も授業者も進めやすくなった感覚がありますね。
篠崎:
改修を経て、授業がより良い形で届けられている様子がよく分かりました。
ただ、授業を届けるには、授業者として授業に赴くだけでなく、事前に学校との調整を行うなど、授業運営に伴う事務的な裏方の調整もありますよね。あまり世間に知られていないACEの学校や企業に向けた調整業務について教えてください。
瀬尾:
運営担当としては、学校の先生からクラスの雰囲気等を教えてもらうことを、とても大事にしています。
たとえば、「このクラスは引っ込み思案な生徒が多いです」
「話すのは好きだけれど、学力的にはあまり自信がない子が多いです」
といった情報を、学校との調整の中で事前に共有していただけることがあります。
そういうときは、企業側の講師の方にも、
「引っ込み思案な子も、話すこと自体が嫌いなわけではないようです」
「カードゲームの段階で、できるだけ多く声をかけてみてください」とお伝えしています。
1時間目のゲームのときに早めに声をかけて関係をつくっておくと、2時間目のワークでの“話しかけるハードル”が少し下がるんですね。こうした事前のすり合わせは、授業の手ごたえに直結する部分だと感じています。
今年度から、企業講師の方々との事前説明会の形が変わり、企業側の担当者の方との初顔合わせが授業当日というケースも増えました。従って、「企業講師の方がどのような雰囲気の方なのか。」「どのくらい授業内容を把握されているのか。」といったところも、その短い時間でできるだけ確認するようにしています。
こうした事前・当日のコミュニケーションは、とても大事な時間だと感じています。
篠崎:
出張授業を実施するまでには、より良い形で授業を届けるために、その裏側で細やかな調整を行っているのですね。
その様な調整を経て、外部からきた授業者や企業講師が教室に入ることには、どのような意味があると考えていますか?
岡田:
生徒のみなさんにとって、いつもと違う大人が教室に入ることで、例えば新しい考え方に触れるきっかけになるなど、意味があるのではないかと思っています。
古谷:
私は元教員なので、学校に入ったときの雰囲気をつい見てしまうのですが、出張授業の日は、先生方も生徒も「いつもと少し違う時間になる」という感覚を持って迎えてくださっているように感じます。
外部の人間が教室に入ることで、生徒の表情や姿勢がふっと変わる瞬間があって、その変化が対話のきっかけになっていると思います。
明石:
キャリア教育として赴くこの授業では、外部から「価値判断を決めつけすぎない」ことも意識しています。
つまり、キャリアの「正解」をこちらから示しすぎないことです。
アニメの設定の中にも、よく見ると「あ、ここはそういう背景なんだ」と気づくポイントをいくつか入れていますが、そこから先は、生徒がどう受け止めるかに委ねたい。「こう考えなさい」と方向づけしすぎないように気をつけています。
篠崎:
細やかな準備と熱い想いを持って届けている出張授業ですが、出張授業を希望する学校の先生や、企業ご担当者さまに対して期待することはありますか?
明石:
出張授業そのものは「きっかけ」なので、そのあと学校でどのように扱っていただくかで、生徒の学びの深さが変わる部分もあると思います。ACEの授業概要紹介ページにも、事後学習例の案内を載せていますが、そういう情報も上手く使ってキャリア教育に活かしていただけたらと思っています。
ただ、最近は応募の段階で、授業の目的や活用イメージを丁寧に書いてくださる先生が増えてきていて、私たちの期待と先生方の出張授業活用のイメージが一致してきているとも感じています。
古谷:
一方で、授業が終わったあとに先生と話す時間がなかなか取れないことは、現場としての課題です。
「生徒がどこで悩んでいたのか」「授業を見て、先生はどう感じたのか」
といったことを伺う機会がもう少しあると、次年度以降の改善にもっと活かせるのではないかと感じています。
瀬尾:
学校の先生方のみならず、企業の方々も含め、振り返りや共有の機会をどう確保するかは、今後考えていきたいところですね。限られた時間ではありますが、調整の場で「この学校なら授業後に先生とお話しできそうか」といったことも何となく見えてきます。そういう機会を逃さないようにしたいと考えています。
ここまで読み進めていただいた読者の皆さま、ありがとうございました。
ブログ記事でご紹介した開発と実践のプロセスから、私たちが子どもたち一人ひとりに「質の高い学び」を届けたいという想いを込めて、授業を開発し、実践の場で細やかな改善を重ねていることが、少しでも伝わったら嬉しく思います。
私たちは、学校現場から求められ、企業と連携するからこその授業内容を大切に日々活動しています。
そのことが、この記事を通して皆様にも伝わる機会となりましたら幸いです。
今後も、ぜひACEの活動にご注目ください。
文・構成:篠崎実穂(ACE広報)
2024年にスタートし、すでに全国の中学校で多くの生徒が体験している出張授業「カードゲームで学ぶキャリア図鑑」。
「もっと幅広い職業に、子どもたちが目を向ける機会をつくれないだろうか」…そんな想いから、パートナー企業である株式会社マイナビとNPO法人企業教育研究会(ACE)が共同開発したキャリア教育プログラムです。
こちらの出張授業では、カードゲームやワークを通して、子どもたちが楽しみながら多様な職業や価値観に触れ、自分の将来やキャリアについて主体的に考える姿勢を育むことを目指しています。
さて、そこでこのブログでは、改めてこの授業が開発された背景や経緯を紹介します。
ブログ作成にあたっては、カードゲームおよび授業プログラムのメイン開発者・明石さんをはじめ、教育工学を専門とする職員・岡野さん、現場で実践を担った学生スタッフの岡田さんにお集まりいただき、座談会方式で企画段階での発想や教材デザインへのこだわり、改訂に込めた意図など、授業づくりの裏側について語っていただきました。
また、記事の中では、メイン授業開発担当であった明石さんの授業づくりの想いやスタンスがどこで育まれたのか、そのルーツとなる内面も深く掘り下げます。
今回手掛けた「キャリア図鑑」をはじめ、明石さんが担当する全ての授業開発の根っこに流れる信念が、人生経験と一本の線でつながる様子を、ちょっとした伝記気分で覗いてみてください!
座談会進行は、広報を担当し本記事の執筆も担う篠崎が務めました。 和やかな雰囲気の中で交わされた対話の様子を、ぜひお楽しみください。


篠崎:
それでは、ここから座談会を始めていきたいと思います。
今回のテーマは、「キャリア図鑑」の授業がどのように生まれ、どんな想いで形づくられていったのか…の、授業開発の裏側です。
ACEの授業を広報している立場から感じるのは、どの授業にも、開発担当者それぞれの個性や思想が色濃く反映されているということ。
そこでまずは、授業開発を担当した明石さんの「授業づくりの原点」について伺いたいと思います。
明石:
はい。では、どういう経緯で今の仕事をしているのかというところからお話しさせてください。
私の専門性や興味関心、そして教材開発の考え方の根っこは、小学校時代の経験に遡ります。
小学生の頃の私は、まわりの子どもたちと興味の方向性や深さがかなり違っていました。
たとえば「校庭で花を探す」という学習活動でも、大好きな図鑑で見た“あの花”を見つけたい一心で、時間を忘れて夢中になってしまう。
気づくと授業時間が終わっていて、慌ててその辺の花を摘んだら、今度はその花のことを調べたくなって、勝手に図書室へ行ってしまうような子でした(笑)。
先生から見たら、こだわりが強くて、ちょっと個性的で扱いが難しいタイプだったと思います。
でもある日、理科室の掃除当番でのこと。
配管の後ろのほこりが気になって、ずっと一人でそこを掃除していたら、理科のおじいちゃん先生が「僕もずっとここ気になってたんだよね」と声をかけてくれたんです。
その瞬間、初めて「同じ所にこだわっている人がいた」と感じて、その先生が大好きになったのを覚えています。もしかしたら、それまでずっと、子ども心に「自分が見て、こだわっている現実」と「他の人が見ている現実」の違いに心細さがあったのかもしれません。
自分と他の人は違う現実を生きているけれど、時々、近い現実を見ている人もいるんだ、1人じゃないんだ、とものすごく安心しました。
中学校でも、印象的な先生との出会いがありました。
やはり理科の先生が「(某アニメで)○○が宇宙征服を目指しているの、すごいよね。だって、宇宙征服したら、全ての宇宙人の事情に合わせて政治をしなきゃいけない。自分ならそんな大変なことやりたくない!」なんて授業中に言う方で(笑)。
「そういう見方もあるんだ!」と驚いて、同時に、そうした自由な発想や、柔軟な視点の置き方に興味を持ちました。
高校においては、進学した高校がとても自由な校風で、研究者としても活動している先生が何人もいらっしゃいました。
高校生活では、多様な考え方に触れることができましたし、ムササビの研究をしている生物の先生や、ヨーロッパの貴族の家系の研究をしている世界史の先生など、多様な専門性を持つ先生が、楽しそうに授業をしてくださる姿に憧れました。
そこで、私も「専門分野を持った先生になりたい」と思うようになっていました。
でも、理科と社会科が両方とも好きすぎて選べなくて、最後まで悩みました(笑)。そこで、「どちらかを選ぶ」という視点の置き方を変えてみて、「両方学ぶなら、どんな分野がある?」という発想に至り、最終的に「動物の骨の考古学なら、生物と世界史の両方に関われるかも!」と専攻を決めることができました。
大学時代は、国内外の遺跡で発掘調査に関わらせていただいて、出土したモノを様々な視点で分析し、当時の人々の生活を考察するという研究に夢中になっていました。
今でも身の回りの事象が、どのような要素から、どのような構成で成り立っているのかを無意識的に分析してしまうのは、この経験があるからだと思います。小学校から大学までを通して、人ぞれぞれの現実のあり方や、物事を見る視点の柔軟性、身の回りの物事を分析する視点などを学び、卒業後に念願の高校教員になりました。

高校教員になってからは、毎日が授業づくりの特訓でした(笑)。
教育学部出身ではなかったこともあり、どうすれば分かりやすく伝わるのか、どうすれば興味関心を惹けるのか、ほとんどノウハウがなかったんです。色々な教材をつくっては、生徒や周囲の先生方に率直な感想をもらって改善を図りました。週刊誌の漫画家みたいで大変でしたが、反応を受けながらトライアンドエラーができたのは、貴重な経験でした。2年目からは少しずつ、自分なりに「こんな授業をつくりたい!」という形が見えてきたと思います。
しかし、教育の現場では、自分自身が小学校から大学までを通して考えてきた多様性が、必ずしも”安心”につながるとは限らないことにも直面しました。
「多くの人に当てはまる正解やストーリー」に安心感を持ったり、「このまま進めば大丈夫」という道筋が見えないと漠然とした不安を抱えたりする人もたくさんいる。そんな当たり前のことを、教員になって初めて実感を持って理解したんです。
一方で、私と似たような、私と近い現実を持っている生徒や、自由な考えが性に合う生徒も、確かに学校にいました。
それならば、「多くの生徒が共感できるメインルート」を中心に起きつつ、そこに共感しづらい生徒や、反発を覚える生徒が自分なりに考えられるような「サブルート」いくつか絡めた、複線的な授業をつくれば良いかなと考えるようになりました。
例えば、ゲームは設計の工夫次第では、プレイヤーが自分の好みに応じて、いくつかの遊び方を選択できます。
教員時代から、自己流でゲーム教材を授業に取り入れて、生徒が自分に合った学び方を選べるような工夫を模索し始めていました。
その後、大学院でちゃんとゲーム教材の研究をしたい!と考えるようになり、学費が貯まったタイミングで千葉大学大学院教育学研究科に進学しました。そしてACEの基盤になっている藤川大祐研究室に所属したご縁で、現在は職員として、ゲームなどの手法を取り入れた授業開発などを担当しています。
このような経緯の中で、メインストーリー・サプストーリーを複線的に設計し、多様な現実を生きている子どもたちが、自分なりに考え、自分の現実に何かを持ち帰れるような授業をつくりたい、というスタンスが成立しました。
このことは 今回のテーマだけでなく、授業開発担当者としての根源的なこだわりになっていると思います。
篠崎:
明石さんが授業開発者に至るまでの経験、そこから育まれた授業づくりへの信念について伺いました。
では、ここからは、そんな明石さんが開発にメインで関わったマイナビのカードゲームについて掘り下げていきます。

まずは、読者の皆さまへ向けた授業の概要説明から。
・授業のねらい
カードゲーム教材を用いた学習活動を通して、マイナビ社員の解説を交えながら、様々な業種・職種があることを知り、様々な仕事を通した社会参加について学びます。
仕事に関する知識を増やし、生徒の職業観・勤労観の視野を広げ、職業調べ等今後のキャリア教育に主体的に取り組む姿勢の涵養を目指します。
・授業の概要
鉱山閉山後、少子高齢化と人口減少が進んだ“まいひな市”という架空の市を舞台にしたストーリー性のある授業です。この状況を打破するため、4人の市民が立ち上がりました。4人の市民は、様々な業種を連携させ仕事上の課題を解決することでバーチャル鉱山を充実させていくという設定でゲームを進めていきます。
子どもたちは授業を通して、世の中に17,000以上もの職種があり、100以上もの業種に分かれているということや、社会は様々な業種が連携して成り立っているという事を学びます。また、キャリア支援事業を行うマイナビ社員による解説など実社会の事例紹介を通して、子どもたちはより現実に即した学びの機会を得ることができます。
・授業進行とその特徴について
1時間目:
カードゲームを通して多様な業種を知り、社会と仕事のつながりを学ぶ
2時間目:
職業の連携や仕事を通した多様な社会参画について学び、自己の生き方・キャリアを考える
特徴は、楽しみながら多様な職業の知識を獲得できるようカードゲーム型の教材を用い、授業進行にはアニメーションにて、授業の世界観に子どもたちがスムーズに入れるような仕掛けを取り入れている点です。
アニメーションに出てくるキャラクターについては、多様な価値観をもつ子どもたちが、それぞれ誰かに共感できるよう、ストーリーにも創意工夫を散りばめました。






授業概要から、どのような授業なのかイメージを掴んでいただけましたでしょうか。
いよいよ、授業の肝であるカードゲームや、このキャリア教育をテーマにした出張授業について深堀りをしていきます。
篠崎:
授業開発を進めることが決まったとき、何を大切に、どんなことを意識して授業を作ろうと思いましたか?
その時点で、キャリア教育全体についてどんな課題意識を持っていたのかも伺いたいです。
この授業のねらいとして職業探索の視野を拡げるというポイントがありますが、そうした授業が当時はあまりなかった印象もあったのでしょうか。
明石:
まず、自分として大切にしていたのは、複線的に授業をつくるということです。
これは今回に限らず、授業開発のときにいつも意識しているスタンスです。
もう一つは、当時のキャリア教育の流れへの問題意識でした。
当時は「自己分析」や「適性診断」などの自己理解に焦点を当てたプログラムが多かったです。
もちろん、自己理解も大切な要素なのですが、同時に、世の中の多様な仕事に目を向けるプログラムも必要ではないかと感じていました。自己の内面を掘り下げつつ、幅広い視野で職業を調べる姿勢を育むことができれば、より自分に合ったキャリア形成を促せるのではないかと思いました。
その中で、マイナビさんから「社会全体を見渡しながらキャリアを考えるような授業をつくりたい」
というお話をいただいて、すごく腑に落ちたんです。
“視野を広げる”“俯瞰的に見る”というのをキーワードに、開発を進めることになりました。
篠崎:
職業調べについては、GIGA端末の導入などで現場の様子も変わってきていますよね。実際、キャリア教育について、皆さんはどんな印象を持っていますか?
岡田:
私が中学生のときは、サイトでいくつかの職業を調べて、ワークシートにまとめる形でした。正直、「何を調べたか、あまり覚えていない」というのが本音で……。教室を回る先生の声が、悲観的で厳しく感じられた場面もありました。
今振り返ると、調べているサイトに載っている職業一覧が、どういう基準で掲載されているのか認識するのが難しかったと感じます。だからこそ、「キャリア図鑑」のようにまず視野を広げる入り口があるのは、当時の自分にとっても助けになったかもしれません。一方で、業種からどこまで具体的にイメージできるかは、難しさもあると思っています。
岡野:
キャリア教育って、本当に難しい領域ですよね。
自分の経験からも、「正解がない」学びだと感じます。
だからこそ、視野を広げること自体が価値になるのだと思います。
ただ、その先で“どんな支援ができるのか”を考え続ける必要もあると感じています。
明石:
高校の現場でも、「やりたいことや夢がない自分はダメなのかもしれない」と感じる生徒が少なくありませんでした。成績から逆算して無理に進路を決めさせるのも良くないし、“夢を持つことが良い”を強く押し出しすぎることも実は危険なのではないかと思っています。
そもそも、「望ましいキャリア」は、一人一人の「現実」のあり方によって多様であるはずです。
その人の過去から未来に続く道筋や、その道を進む中で積み重ねていく経験などがキャリアということかなと私は捉えています。そうであれば、一人一人が今まで生き、積み重ねてきた「現実」によって、今後の望ましい道筋は様々だと思うのです。
だから、今回の授業では「夢を探す」ではなく、自分なりの「現実」を起点に、これまでの道のりや積み重ねを振り返りながら、将来のキャリアを考える授業にしたいと言う想いを込めました。キャリアは、その後ろにできていくんだよという視点を伝えたいと思っていました。このような想いから、今回の授業設計では、まず展望化(視野を拡げる)を大切にし、深堀りする深度の調整をしています。


篠崎:
なるほど、「視野を拡げる」をメインテーマに、キャリア教育はそもそも多様であるはずという視点にたつと、明石さんの根源的なこだわりである「複線的な授業」というのがとても活きてきそうと感じます。
ここからは、実際の授業で“視野を拡げる”“俯瞰的に見る”ことや、「望ましいキャリア」は、一人一人の「現実」のあり方によって多様であるはずという想いを具体的にどのように授業に落とし込んでいったのかについて伺っていきます。
篠崎:
具体的に複線的な授業とはどのようなことなのでしょうか。
明石:
今回の授業では、多くの生徒が共感しやすいであろうメインストーリーをアニメーションで提示しました。
職業調べの進め方に困っている主人公の「ようた」が、正反対にやりたいことが明確で、色々な活動にチャレンジしている姉の「はるか」の勧めで、地域課題の解決に関わる多様な職業の人々と出会うストーリーです。
教材研究では、キャリアに関する意識調査をいくつも参照しました。
すると、職業調べの進め方がわからない生徒、明確な夢を持っている生徒、その中間の生徒がいることが示唆されました。
そこで、「ようた」と「はるか」という両極端の登場人物をメインに据えることで、自分に近い登場人物に共感できるストーリーにしたいと考えました。
昨年、広島のある学校で、1人の生徒が「知らない人に会いに行って大丈夫なのかな!?」と授業中に突然発言したことがありました。心配になるほど、「ようた」に共感してくれたようです。「ようた」は最終的に職業調べに少し前向きになるのですが、その生徒も一緒に前向きな気持ちになってくれたら嬉しいなと思いました。
一方で、多数派ではないかもしれませんが、起業を考えているような生徒や、お金を稼ぐよりもアーティストなど文化活動に関わる仕事に就きたい生徒、家庭や地域社会でキャリアを積みたい生徒、企業ではなく公務員になりたい生徒もいるはずです。
そこで、サブストーリーとして、カードゲームの登場人物は「高校生起業家」「地域活動家」「公務員」「学芸員」という設定にしました。
私はこれまでに30回くらい授業を実施していますが、その中でも2~3名の生徒が「高校生でも起業できるんだ」とゲーム中に発言しているのを聞きました。数は多くありませんが、確かにサブストーリーに共感する生徒の存在を感じています。
ゲーム中、生徒は4人の登場人物の役になって様々な業種のカードを集めます。
業種のカードを集めることは、様々な職業の人々との出会いを表しています。
「ようた」に共感する生徒は職業の知識を増やして視野を拡げ、
「起業家」に共感する生徒は事業を興すために多様な職業と連携する重要性を知る。
一人一人の生徒が、自己の「現実」に応じたストーリーで学習を進められるよう、複線的に授業デザインをしています。
このような授業を開発するときは、まずはストーリーや登場人物のモデルとなる実社会の事例の収集から始めます。
今回は、地域課題の解決をテーマにしたので、実際の町おこしにおいてトラブルの解決に関わった人々の実例を、書籍やインターネットで集めました。
何人かの学生スタッフが手伝ってくれたので、職員と手分けして事例を探し、日本全国津々浦々、たくさんの人々のストーリーが集まりました。いくつかのストーリーを統合して、最初は7人の登場人物を考えたのですが、授業中のゲームとして7人班だと人数が多すぎるので、最終的に4人に絞りました。
学生スタッフも私も、登場人物には深い思い入れがあったので、4人に絞るときはちょっと切なかったです(笑)。

篠崎:
次に、教材がカードゲームになった経緯を伺いたいです。最初は「すごろく形式」という案だったと聞いていますが…
明石:
はい。最初にマイナビさんからご相談をいただいたのは「すごろく形式のゲーム教材」についてでした。
でも私は、仕事のつながりを学ぶには、カードで集めてつなげていく方が良いと思ったんです。
あまり悩んだ記憶がなくて、ほとんど直感的に決めました。
すごろくはどうしても一本道のストーリーになりやすいけれど、キャリア教育はそうじゃない。
「望ましいキャリア」に一つの正解はなく、価値観も環境も人それぞれです。
だから、カードを並べ替えながら、違う角度で考えたり、何度でもやり直せるようにしたかったんです。
自己の価値観に応じたストーリーで学習を進められる教材という点では、カードゲーム形式が適していました。
また、ゲーム内で次々とカードをめくることにより、まずは知らない職種を含め多くの職業を目にするように設計しています。
カードゲームでは、1枚1枚のカードにある程度情報が記載できるというメリットもあります。
ゲーム中は制限時間があるので読み込みが難しい生徒もいますが、ゲームで興味関心を高めた上で振り返りを行うと、文章を読むのが苦手な生徒も普段よりもカードの情報を読み込んでくれることもあります。様々な職業の概要を知ってもらうことも授業の目的の1つなので、カードを使った情報の提示も取り入れました。
篠崎:
ゲームがすごろくか、カードゲームになるかで、子どもたちの活動や学びに違いが出てくるんですね。
篠崎:
ゲームで集めた業種のつながりについて、生徒に一部の解釈を委ねるとありましたが、具体的にどのようにその設計をしているのですか。
下部の写真のように、ピクトグラムのようなマークがたくさん使われているところでしょうか?
明石:
カードゲーム教材自体の、抽象度をかなり高くしています。
カードゲームで集めた業種の連携のあり方を具体的に示しすぎると、生徒は「これが正解なんだ」と思ってしまったり、個別の事例を「連携ってこういうものなんだ」と過度に一般化したりしてしまう可能性があります。そうなると、世の中には様々な業種連携があるのに、かえって視野を狭めてしまうかもしれないと考えました。
そうではなく、あえて業種を記号的に示して、業種同士のつながり、つまり記号同士のつながりの意味を生徒が自分で意味を見つけ出す作りにしています。
つまり、生徒が自己の知識や経験、講師のアドバイスなどをふまえつつ業種同士のつながりを考えることで、業種連携には色々なあり方が考えられることに気づくプロセスを意識しました。
今回のカテゴリ構成は、厚生労働省の日本標準産業分類をもとにしていますが、
そのままだと数が多すぎるので、中学生でも使いやすいように統合・表現を調整し、マイナビさまに監修していただいてカード教材の内容を確定しました。
あえて抽象度を少し高めにして、業種カードでは具体的なキャラクターやモデル像をあまり設定しなかったのもポイントです。
生徒一人ひとりが、自分なりのイメージを膨らませながら学べる余地を残したかったんです。
その分、授業での先生方のサポートや解釈も、とても大切になってくると思っています。
岡田:
実際に授業をしてみると、子どもたちの「引っ掛かりポイント」が本当に違うんです。
ある子は「デザインが気になる」とか、「地元に関係があるから」とか、
その理由がみんなバラバラで、でもそれぞれがちゃんと意味を持っている。
そういう場面に立ち会うと、この教材の設計がうまく活きていると感じます。
明石:
実は、この設計は、複線的な授業という狙いにも寄与しています。
例えば、カードゲームで扱っている業種連携の中に、農業・漁業・畜産業・道路貨物運送業の連携があります。
抽象的には食品を作る仕事と運ぶ仕事が連携することでお店に材料が届くということを示しているのですが、福岡県のある学校で「明太子の加工工場でもこのような業種連携が見られるのでは?」と議論を始めた班がありました。
その班では、どんどん話が広がり、最終的には「加工工場が運営できれば地元の雇用も増えて、地域活性化につながるかも」というアイディアまで考えていました。このアイディアを既存のストーリーとして提示したのではなく、生徒自身が4つの業種の記号を地元産業の知識をふまえて解釈して描いたことが重要だと考えています。
このような過程を経ることで、「身近な社会を様々な業種が支えている」ことを、より実感を持って理解できるのではないかと思います。

篠崎:
もう少し、ゲーム教材そのものに意識した点についても教えてください
明石:
マクゴニガル氏によると、ゲームには自発的参加、ゴール、ルール、フィードバックという4つの要素があるといわれています。私は、その中でもフィードバック(プレイヤーの行動に対する反応や評価など)を一番重視してゲームを設計しています。
学習者が「自分は今うまく進めている」と感じられることが、集中を保つ鍵になります。
だから、カードを引く・考える・また選ぶというテンポが一定のリズムで循環するように設計しました。
フィードバックが多すぎると疲れるし、少なすぎても飽きる。
程よいタイミングで“進めている感”を得られるように、学生スタッフと一緒に何度もテストプレイをしました。
テストプレイでは、学生スタッフから「トラブルが多すぎると萎える」「ルールに納得感がない」「ポイントのバランスがイマイチ」など率直な意見をもらいました。それぞれの意見を私が修正して、再びテストプレイをして適切なリズム・フィードバックのバランスを探って行きました。授業全体の中でゲームの時間は30分程度、ルール等の説明を含めても集中が切れないように計算しています。
(参考: 幸せな未来は「ゲーム」が創る ジェイン・マクゴニガル(著)早川書房)
さらに、上記のような教材からのフィードバックに加えて、授業ではマイナビ社員からの直接的なフィードバックも大切にしています。事前に、ゲーム中は各班を回って、質問に応答したり、「良い感じで進んでいるね!」と前向きな声かけをしていただくようにお願いしています。現地でのフィードバックがあることで、さらにゲームに没入して活動しやすい環境をつくることができるのです。


篠崎:
先ほどのお話しの中で、「直感で決めた」という言葉が出てきたのも、とても印象的でした。
明石さんの授業づくりは、ロジカルに構築されているようでいて、どこか感覚的でもありますよね。
そのあたり、もう少し詳しく教えてください。
明石:
少し変な話かもしれませんが、私は授業をつくるとき、最初に音楽を決めるんです。
教材づくりの中で最も時間をかけるのがBGM探しです(笑)
授業のテンポや転換点を、音のリズムで感じ取るんです。
そのBGMのリズムと授業の流れがぴたりと合ってきたときに、
「あ、これはいい方向に進んでいるな」と感覚的に分かる。
理屈というより、音の流れで授業の完成度を判断している部分が大きいですね。
(筆者・心の声)この話を聞いたとき、岡田さんとは「わけわかんない!」って盛り上がりました。
明石さんご本人は「職人肌」とおっしゃるけれど、私にはどうしても天才肌のアーティストに見えてしまいます(笑)。
篠崎:
教材の構造的な設計のほかにも、実際の授業現場を意識し考えていたことなどを教えてください。
明石:
はい。設計段階から意識していたのが、「偶発的な学び」と「設計された自由」のバランスです。
教育の中では、意図していない気づき…いわゆる偶発的な学びが大切だとよく言われます。
私もまったく同感です。
ただ、時間が限られた出張授業では、偶発性だけに頼ると着地点が見えにくくなってしまう。
かといって、すべてをコントロールしてしまうと、生徒が考える余白がなくなる。
だから私は、複線的な授業設計を大切にしています。
メインルートについてこられなかった子も、別のルートで気づきを得られるようにする。
“偶発性を設計する”という感覚に近いですね。
岡田:
その考え方は、授業をしていてもすごく感じます。
同じカードでも、子どもたちが着目する部分が全然違う。
「家族」「ロボット」「地元」など、思いがけない角度から話が広がることもあって、
偶発性と構成が両立している感じがします。
明石:
もう一つ意識していたのが、教員の視野を広げる授業にするということです。
高校教員時代、進路指導で「文系・理系どっちに行くべきか」と生徒に問われて答えに詰まったことがありました。
教員自身が社会の多様さを知らない。
だからこの授業では、先生も生徒と一緒に「こんな仕事もあるんだね」と驚ける時間にしたかった。
先生も学びの当事者になる…そんな構造を意識しました。
そして、設計の背景にはもう一つ、コロナ禍がありました。
ちょうど開発を始めた頃、職場体験が中止になっていて、「もう元には戻らないかもしれない」と思っていました。
だからこそ、職場体験に代わる新たなキャリア教育の提案、もしくは職場体験が復活した際にはそれと兼ね合わせてできるような授業を構想していました。


篠崎:
一年の授業実施を経て、今回の授業プログラムを見直しがなされました。これは、どんなきっかけからだったのでしょうか?
明石:
きっかけは、年度の切り替わりのタイミングで、マイナビ側からご相談をいただいたことです。
翌年度以降、マイナビの社員の方のみで授業実施をする構想もあったため、より広く普及するにあたり、授業進行をやりやすくするための改修作業も目的の一つでした。
岡田:
そうですね。初期版はボリュームがあって、どのテーマも魅力的なんですけど、(授業を実施する中で、効果的に授業を進行するには)整理が必要かなとは感じていました。
明石:
ただ、ACEの出張授業では他のプログラムでも、実際の生徒の反応などを見て授業リリース後、必ず見直し作業をしています。そこまで開発担当が実施した後、完全に運営チームに任せるという動きになることが多いです。
したがって、授業プログラムの見直しをすること自体は自然な流れだったと思います。
篠崎:
ありがとうございます。では、今回の授業を改訂する上で、特に大事にされたポイントはどこでしたか?
明石:
一番大きかったのは、「抽象度」と「指導の安定性」のバランスですね。
私は、抽象度が高い教材が好きなんですが、ガイドがない状態で授業を進めるのが不安な方も多いと思います。
だから今回は、ワークシートを一部穴抜きにしたり、抽象度を少し下げたり、指導の補助線を加えたりして、講師の方が安心して扱え、授業進行をサポートしやすくなるように調整しました。
また、初年度は、「職業の視野を広げ、職業調べの方法を学ぶ」「仕事と社会のつながりを学ぶ」「地域課題の解決例を知る」という3つのテーマを同じくらいの比重で扱っていました。今年度では、マイナビ側と検討した結果、「仕事と社会のつながりを学ぶ」というテーマに絞り込み、授業の流れをよりシンプルにしました。
内容を削るのではなく、全体の構成を整理した形です。
日頃から授業に慣れていない講師でも、流れをつかみやすく、安定して授業進行できるようにしています。
今回の改修全体を通して、複線的な設計思想を保ちながらも、メインルートを明確にして見通しを立てやすくしました。

篠崎:
改修後、みなさんはどんな変化を感じましたか?
岡野:
改修後は、全体の流れがだいぶ整理された印象です。
講師の方も、「このあたりまでは共通で進められるな」という感覚を持てるようになって、
生徒が途中で話を広げても、それを自然に受け止めやすくなった気がします。
岡田:
そうですね。授業を見ていても、全体の雰囲気が落ち着いていて、
講師も生徒も安心してやり取りしている感じがあります。
以前よりも、場の一体感が生まれているのを感じました。
明石:
まさに、それが狙いでした。
自由なやりとりを支えるには、安心できる“土台”が必要なので、想定通りの結果になったと感じています。
篠崎:
今回の授業開発から改訂作業までの全体を通して、明石さんが改めて感じていることはありますか。
明石:
私が授業やゲーム設計に込める「複線的な授業デザイン」と「自分なりの解釈の幅を持たせた教材設計」による多様性が反映された授業プログラムに対して、講師が安心して進めることができる「指導の安定性」を両立することはとても難しいポイントだと思います。
そのどちらかを優先すると、もう片方が揺らぐんですよね。
従って、この両立のためには、開発側の工夫だけでなく、企業の人や学校の先生方の理解も不可欠だと考えています。
そのためには、多様性に応じたキャリア教育の実践例を増やしていくことも重要だと思います。本授業プログラムでは事後学習用の指導案も提供しているので、ぜひ、学校や生徒の実態に応じて活用していただき、事例を増やしていけたら嬉しいです。
今回、授業の開発背景や、授業開発者担当者の明石さん自身について深く掘り下げてきました。
読者のみなさんにご紹介してきた、さまざまな想いや知見、技の詰まったマイナビ✖ACEのキャリア教育授業プログラム。
これらのねらいを最大限発揮するためには、実際の授業実施の知見や手腕も求められます。
授業実施に向けての工夫や、授業実施担当者の思いは、次回“授業実施編”ブログ記事にて紹介します。
こちらもお楽しみに‼

文・構成:篠崎実穂(ACE広報)
2025年11月15日(土)に第173回「千葉授業づくり研究会」が開催されました。今回のテーマは「探究的な学びに活かす『街歩き×宝探し』を考える」。株式会社タカラッシュ 専務取締役 安福 久哲さん、プロデューサー部 アカウントプランニングチーム 課長 石丸 菜々さんを講師にお招きして講演いただきました。
近年、「探究的な学び」が教育現場で話題となっています。これは、子どもたちが自ら課題を見つけ、決まった正解のない問いに向かって学習を進める、新しい学びの形です。子どもたちが取り組むテーマはさまざまですが、「自分たちの住む地域のよさを知ってもらいたい」といった、地域を課題とした授業づくりも重要なテーマの一つとして考えられます。

今回の研究会では、株式会社タカラッシュが手掛ける「街歩き×宝探し」に焦点を当て、この事業を手掛けた背景や意図、そして国内での具体的な事例をご紹介いただきました。また、参加者全員でスマートフォンを使った宝探しの体験も行いました。
この「街歩き×宝探し」には「探究的な学び」の授業づくりのヒントが数多く詰まっており、研究会後半のディスカッションでも様々な意見やアイデアが交わされました。
本レポートでは、この講演会と宝探し体験会、ディスカッションの様子を詳しくお伝えいたします。探究的な学びや地域課題の解決をテーマにした授業に関心のある方は、ぜひ最後までお読みください。


今回の研究会では、株式会社タカラッシュ 専務取締役 安福 久哲さん、プロデューサー部 アカウントプランニングチーム 課長 石丸 菜々さんに講演いただきました。
はじめに、安福さんより株式会社タカラッシュの設立の背景や事業の説明をしていただきました。
株式会社タカラッシュは、2001年に創業した日本で唯一の宝探し専門会社です。同社の原点は、代表取締役の齊藤 多可志さんが、小学生のころに友人と行った宝探しごっこにあるそうです。それは、牛乳瓶の蓋を校庭に隠して地図を作り、友達と探したというもの。「さいちゃんの宝探しおもしろい」と言われた子供のころの経験が、同社の根幹にあるといいます。
そして、タカラッシュ設立のきっかけは、代表の齊藤さんが、同僚であった安福さんとともに旅行会社に勤務していた頃に遡ります。
当時、企業の職場旅行向けに「誰もやったことのないオリジナルの企画」を求められた齊藤さんが大人の宝探しを初めて企画・実施。これが「これまでの団体旅行で一番面白かった」と大成功を収めました。
この成功から宝探しの可能性を確信し、本格的な事業を立ち上げるため、2001年4月に会社を設立しました。

続いて、株式会社タカラッシュが手掛ける宝探しは「トレジャーテインメント」と定義されており、現実社会を舞台にしたRPGであると説明いただきました。
宝探しとは、参加者が自ら主人公になることで、非日常の感動や発見が生まれるもの。様々な面倒な障害を乗り越えるからこそ得られる本物の宝探しが「挑戦したいワクワク」につながるといいます。
同社は、「挑戦したいワクワク」を日本全国に広めて、いつでも誰でも宝探しができる社会を目指しています。数字で見ると、株式会社タカラッシュは25年目の会社で、年間参加者は250万人以上、年間導入実績は7,200件以上、参加者満足度は94%、会員数は44万人以上という実績を誇っています。参加者は性別や男女問わず、年齢層もさまざまで、企画によって若者やファミリーなど対象が変わるそうです。

宝探しイベントは「Hunter’s Village」に掲載されています。サイト内には、日本全国の宝探しイベントがたくさん掲載されており、今すぐ参加できるイベントがすぐにわかります。
自宅で参加できるイベントや、北海道や九州などの首都圏以外のエリアでも参加できるイベントもたくさんあるので、誰でも日本全国から宝探しに挑戦できます。

株式会社タカラッシュの事業の柱は二つあり、一つはBtoC事業(主催・共催型宝探し)です。ユーザーは、会員登録をすると「ハンター」となり、さまざまな宝探しイベントにチャレンジできます。ここでは、クリアすると自分のハンターとしてのレベルが上がっていきます。成長してプロハンターとなれば、賞金や大会に出る機会もあるなど、人々の成長に貢献する仕組みになっています。本当にゲームの主人公になったような仕掛けで、何度もイベントに参加したくなりますね。
また、宝探しの会社ということで無人島を所有しており、企業の研修にも活用されるそうです。
もう一つは、BtoB事業(課題解決型宝探し)。これまでに、地域自治体、企業、商業施設、テーマパーク、博物館などとの多数の協業実績があります。
例えば、校外学習や修学旅行、社員研修などを想定した宝探しを提供しています。様々なロケーションでの宝探しプログラムは、懇親イベントやチームビルディングの場として活用されています。
関連して、テーマパークや観光施設以外に、通っている学校そのものを宝探しの舞台にする「トレジャーコレクションin School」もご紹介いただきました。中学校や高校以外にも、大学でキャンパスがわからない新入生向けのレクリエーションとして実施されることもあるそうです。

続いて、石丸さんより地域を舞台にした宝探しについてお話いただきました。石丸さんによると、宝探しイベントの参加者の約半数が宝探しや謎解きの経験者であるそうです。イベントの参加フローとしては、「告知→冊子入手→謎解き→宝箱発見→報告・賞品獲得」という流れで行われることが多いとのことです。

講演会の中では、2022年に兵庫県の相生市を舞台に開催された宝探しゲーム「あいのまち調査団」を体験しました。
「あいのまち調査団」では、参加者が謎を解きながら、相生市に隠された秘宝である「11の鍵」を探索します。この11の鍵とは、相生市独自の11の子育て支援事業のこと。また、謎解きの中では相生市の様々な観光名所を訪れることとなります。宝探しを通して、相生市の子育て支援とまちの名所の両面に触れ、魅力を再発見する機会となるのですね。


このイベントはLINEを使ってスマホでも参加できるそうです。今回の体験会では研究会会場の千葉大学にて謎解きに挑戦しました。
冊子に書かれている謎を見ながら、謎を解き、LINE上に回答を入力します。正解すると、映像で相生市の観光スポットの様子が送られ、宝箱への手がかりが手に入ります。
今回の研究会での謎解き経験者は約3分の1ほど。経験者と未経験者で相談しながら和気あいあいと宝探しに挑戦する様子も見られました。
正解すると思わず喜びの声や笑みがこぼれる場面もあり、多くの参加者が夢中になって謎解きに挑戦しました。現地で実際に宝箱に出会うと、さらに達成感を感じられそうですね!

体験会の後、宝探しを企画するうえで安福さんが大切にされている点を紹介していただきました。
まず、参加者が宝探しの世界に引き込まれるようにタイトルとストーリーを工夫しているとのこと。メインターゲットに応じてデザインやストーリーを変えることも工夫の1つだそうです。たとえば、「あいのまち調査団」では謎解き初心者やファミリーの参加が考えられることもあり、難易度を簡単に設定して企画を進めたと紹介いただきました。

次に、謎解きに難易度や仕掛けを設けることで、解読できたときの達成感を高められるともお話いただきました。冊子を折ると次のターゲットができるような謎解きもあり、参加者の探究心を刺激するとのことでした。
また、街歩きが目的の宝探しでは、舞台となる地域の魅力の再発見につながる必要があります。企画を進める上で、プランナーが現地を入念にロケハンし、宝を置く場所の許可を得るなどの細やかな調整を行うそうです。

さらに、宝箱を見つける演出でも、「発見の感動」にしっかりとこだわるとのこと。本物の宝箱のように何かを動かさないと開かないデザインにしたり、世界観に合わせて宝箱をデザインしたりと工夫を凝らすそうです。宝箱を現地に溶け込ませることもあるそうです。謎を解いた後に、さらに宝箱を探す楽しみを増やすのですね。

また、デジタルとの融合についてもお話いただきました。単に冊子をもって謎解きするのではなく、スマートフォンやタブレットなどとのデジタルツールと融合することで、没入感による体験価値を高めることができるそうです。

続いて、宝探しと地域活性化について紹介いただきました。安福さんによると、宝探しが地域に人を呼び込み滞在時間の向上をもたらす効果がでているそうです。
その地域への滞在時間が向上すると、参加者が宝探し中にその地域で観光や買い物、食事などの消費活動を行う経済効果にもつながります。特に2021年以降、この地域活性化の効果は大幅に増加しているとのことでした。宝探しを通じて、地域の魅力の再発見や知名度向上、消費活動にも貢献できるのですね。

最後に、安福さんに、宝探しを通じて伝えたいことをお話いただきました。株式会社タカラッシュの「『宝』を探し出す喜びを、全ての人に!」の企業理念の通り、発見の感動を味わうことで、苦労して手に入れる喜びを再認識してもらいたいと考えているそうです。
単なるエンターテインメントではなく、普段やらないことに挑戦することで、人々の成長に貢献することも目標とされています。遊びと成長に貢献する「トレジャーテインメント」には無限の可能性があり、この楽しさを世の中に広く伝えていきたいという展望もお話いただきました。


研究会の後半には、千葉授業づくり定番のディスカッションが行われました。オンライン上で質問ができるサービス「Slido」を使い、参加者と登壇者で議論を行います。
今回はインターンシップで参加している高校生からもたくさんの質問が出ましたよ。
また、宝探しのストーリーをどこまで詳細に決めるかについて説明いただいたときには、ACE(企業教育研究会)スタッフが「ACEで作る授業でもストーリーを作る授業があって、設定をどこまで決めるかを毎回調整しています」と嬉しそうに語る場面もありました。
他にも、「地理の授業にぴったり」「授業で宝探しを採用するときに指導者として気をつけるべきポイントは?」など、教育現場での活用も話題として挙がり、大いに盛り上がる時間となりました。
ここからは、ディスカッションの内容を一部抜粋要約してご紹介します。ぜひ最後まで読んでくださいね。
Q.地理の教員です。今回の講演を聞いて、地域への親しみや地図の読解など、まさに地理の授業とぴったりな活動だと感じました!
鳥観図や絵が多めの地図、Googleマップのような地図など、宝探しの地図の表現の仕方がイベントによって異なるようですね。地図の作成の際に、参加者を楽しませるための仕掛け作りや工夫されていることはありますか?
デザイナーと相談しながらイベントに合わせた地図を作るようにしています。
地域活性化の宝探しであれば、実際にその場所に行ってもらう必要があるので、本物の地図を採用します。逆に、架空の地図でよい場合はイベントの世界観を意識した地図を作成しています。
Q.宝探しのストーリーはどのように決めていますか
宝探しイベントの内容によって違いを持たせています。
例えば、ファミリー向けで気軽に参加できるようなイベントでは、ストーリーを最初に出し、謎解きが終わったら、エンディングを出す形で展開することが多いです。途中から参加しても楽しめるように工夫をしています。
対して、何日もかけて多くのスポットを巡る有料で参加していただくようなイベントでは、1つ1つのスポットでストーリーを展開していく形にすることもあります。
Q.宝探しの難易度はどのように設定していますか
先にターゲットを決めて難易度を調整することが多いです。
社内で難易度の基準が決まっており、宝探しのファンの方向けには難しいもの、地域活性化目的だと初心者向けの難易度にするなど調整しています。
また、世の中に出す前にテストプレイを重ねることを大切にしています。社内の謎解きが得意な人・苦手な人を呼んで、実際に解いてもらいます。
Q.ターゲット年齢に応じて難易度を変えているのでしょうか?小中学生がターゲットのときに気をつけていることはありますか?
一番気をつけるのは難易度です。小学生をすべてのターゲットにするのではなく、低学年/中学年/高学年くらいに絞って分類しています。
また、習っていない漢字があると、謎解きの内容を読めない場合があるので注意しています。
Q.高校生に地域を知ってもらうために謎解きを活用するとして、アドバイスはありますか?
複雑にストーリーやタイトルを考えるのではなく、自分が楽しそうなところからスタートするのがよいのではないでしょうか。
宝探しを作る人はゴールから決めるので、「どこに隠すか」から始めるのもよさそうですね。
Q.中学生が宝探しに参加するだけではなく、宝探しを作る場合に、指導者として何を気をつけたらよいでしょうか
フォーマットを作って、「この部分にストーリーを入れましょう」と指導をすると、その枠組みでしか考えられなくなってしまいますね。フォーマットにこだわるのではなく、中学生に一度自由に考えてもらい、みんなで意見を出し合う形がよいのではないでしょうか。多様な意見が出て、良い形にまとまりやすいと考えます。
Q.私は大学入学後に、地域活性化のために謎解きを活用しているゼミに入りたいと考えています。地域活性化を目的とした宝探しを企画する際、コラボ先の方々とお話しするうえで大切にしていることはありますか。
最も重視しているのは、「雑談」です。
例えば、兵庫県相生市とコラボレーションした宝探しでは、お問い合わせの時点では、移住・定住の増加が目的であることは把握できます。しかし、そのうえで、具体的にこれまでどのような施策を実施し、何が良かったのか、あるいは何が悪かったのかといった経緯を詳しく知るようにしています。
特に、ロケハンを行う中での「この地域はお子さんが多いんだよね」など、何気ない雑談の中から、企画のヒントとなる新たな情報を得る機会が多いですね。
加えて、コラボ先のお客様と達成すべき明確な目標をしっかり設定することと、その目標に向けた定期的なアクションを取ることも、大切にしています。また、イベントの結果が思うようにいかなかったから「悪い」と判断するのではなく、改善点を探ったり共有したりして、次に活かすようにしています。
以上で、第173回千葉授業づくり研究会のレポートのご報告とします。ご講演いただきました安福さん、石丸さん、参加者のみなさま、誠にありがとうございました。

また、今回の研究会の運営は千葉県内の高校生インターンシップのみなさまにご協力いただきました。高校生の活躍の様子は別のブログでご紹介!高校生のみなさん、ご参加いただき、ありがとうございました!
千葉授業づくり研究会にはどなたでも参加できます。
興味がある方は、こちらの開催情報をチェックしてくださいね!Zoomを用いたオンライン配信による参加もできるので、遠方の方も大歓迎です。
【記事担当:千鳥あゆむ】